第三十五話 暴虐の龍
皆様から色々な感想を頂いて嬉しかったので、1日早いですが今日から毎日更新頑張りたいと思います。
大きな顎が、現れたのだ。
ナイフのような白い歯が、はっきりと見える。
パキケファロサウルスをも超える圧倒的な巨体が、闇の中から現れた。太い足。小さな手。長い尻尾。ソールに潜る冒険者なら、誰もが知っているモンスターだった。
「――ティラノ……サウルス……」
アスの足が止まった。
驚きのあまり、名前のみ出した。
「なんだか縁があるようだ――」
コルヴォが表情を厳しくしながら言った。
この短期間の間に、まさかティラノサウルスと二度も出会うとは思っていなかった。そもそもティラノサウルスは深層に出現するモンスターであり、中層には殆ど出現しない。
だからこの個体も――はぐれ、だと言われるのだろう。
ただ目の前のティラノサウルスは、通常のティラノサウルスと違っていた。
右目に、剣が突き刺さっていたのだ。それも“只の剣”だ。右目は蜘蛛の巣のようなその為か、左目を出すようにしてティラノサウルスは様子を伺い、やがて最も食べ応えのありそうなパキケファロサウルスへと大きな地響きを立てながら足を進める。
アスたちは動けなかった。
新たに現れた強大過ぎるはぐれの圧に、思考が麻痺していたのだ。ティラノサウルスとも、パキケファロサウルスとも、戦うと言う選択肢は全くなかった。
龍同士の戦いを見守る、だけに留まっていたのだ。
「あいつは――」
そんな中、そのティラノサウルスに見覚えがあったのがナダである。かつて戦ったティラノサウルスであり、あの時の剣が未だに突き刺さっているのだとすぐに気付いた。
この事実を言おうか、それとも黙っているか、ナダは真面目な顔をしながら、一旦は戦いを見守ることにした。
――パキケファロサウルスは、自身へと向かって来るティラノサウルスへ怯えたように一歩だけ後ずさるが、逃げられない事を悟ると太い足目がけて突進した。
だが、ティラノサウルスは右足を上げて、パキケファロサウルスを上から踏みつける。
それだけでパキケファロサウルスはじたばたとし、動けなくなった。口からも小鳥が鳴くような高い悲鳴しか聞こえない。
パキケファロサウルスの口の端から火が漏れる。
龍族特有の吐炎の前兆だ。
きっと最後の抵抗だろう。
だが、それよりも前にティラノサウルスがパキケファロサウルスの首を喰らった。頭が無くなった胴体から、激しい血が飛び出る。そして胴体を食べようとした時、やはりティラノサウルスはアスたちに気づいた。
こちらへと、確実に近づいてくる。
完全にティラノサウルスは、アーザ第一部隊を標的にしていた。
「――ナザレ、戦うのか? それとも逃げるのか? あれはティラノだぞ」
コルヴォはあくまでリーダーであるナザレに、急に現れたはぐれへどうするのか聞いた。
判断は、リーダーに任せているからだ。
だが、コルヴォの額には汗をかいている。どうやらあまり戦いたくないようだ。
「それは……」
既に狙いのパキケファロサウルスは、ティラノサウルスに倒された。
その胴体は転がっているので、カルヴァオンの回収はできると思われる。それだけでも今回の冒険の糧としては十分だろう。もし回収できれば、と話であるが。
「ナザレ、戦おう!」
そんな中、向けるべき敵のいなくなった風を持て余していたのがアスだった。
未だに風が霧散することはなく、むしろより強いモンスターを相手に滾るかのように風は集まるのを止めない。
「だが、ティラノは私達には……」
「ナザレ、何を言っているんだ? オレ達は深層にいずれ行くんだろう? そうなったら石頭どころか、ティラノも超えて、もっと強いモンスターも超えなければならないんだ! こんなところで足踏みしている場合じゃないんだ!」
アスは今にも飛び掛かりそうだった。
「だがな――」
ナザレは、ナダをちらりと見た。
きっと彼女の不安点が、ナダなのだろう。
今までのアーザ第一部隊ならまだしも、今のアーザ第一部隊は新生パーティーでであり、連携にはいささかの不安が残っている。ナザレ自身も、いずれはティラノサウルスと十二分に戦えるとも思っているが、時期尚早だという思いも強かった。
「――俺と戦う気か?」
そんなナダは、いつものように嗤っていた。
ティラノサウルスを全く恐れていない様子だった。
右手に持っている武器に力が入る。
まだ武器を構えてすらいながら、もし襲って来るならいつでも迎撃できるように重心が下がっている。
だが、ティラノサウルスの足が止まる。
アスの隣にいるナダの姿が、ティラノサウルスの目に入ったのだ。右目で食い入るように見るが、ティラノサウルスの足が動かない。
ティラノサウルスが、僅かに後ずさった。
暴虐のモンスターであるティラノサウルスが、自身の目を簡単に奪ったナダを恐れたのだ。
その事実に、戦ったナダだけが気づいたのか、愉快そうに口を歪めた。
――モンスターでも、怯えることがあるのか、と新たな発見にナダは驚きそうにもなった。このティラノサウルスは理性があり、知能が高い。どこで戦い、どこで逃げるべきか、考えているモンスターなのだ。
多くの冒険者としては非常に厄介なモンスターだとナダは思うが、それでもこれまでに戦ってきたモンスターと比べると弱いので、歯牙にもかけていなかった。
「ナザレ、何故だかは分からないけど、あのティラノは逃げる気かも知れない! あの左目もそうだけど、誰かと戦って消耗した後かも知れないんだ! 新しい殻を突き破る時はきっと今だ!」
アスが、そんなティラノサウルスを手負いだと思った。そして今なら通常で戦うよりも、戦いやすいと思ったのだ。
「しかし……」
ナザレはそんなアスの意見に押されそうになるが、向こうが引きさがってくれるならこのまま逃げるのも一案ではないか、とさえ思ってしまう。
素直には、アスの意見に頷けない。
「向こうが逃げてくれるんだ。わざわざ戦う気か? あのサイズの龍相手の戦い方はまだ相談していないだろ?」
そんな中、怯えているティラノサウルスにあまり興味がないのか、ナダは逃げる気になっていた。
戦う気のないモンスターに興味などあまり湧かなかった。
深層に潜ればこの程度のモンスターはわらわらといるから、前哨戦にもなりやしない、と今日の冒険はここで切り上げる気だった。
(どうせ、“たかが”はぐれだからな)
まだ、ナダはソールの攻略に焦っていないのだ。
マゴスは、三年以上かかった。
その事実のみが、ナダを冷静にさせる。焦っても仕方がない。深層についても、その“先”がある。迷宮をしっかりと見極めて攻略しないと行けないのだ。
そんなやる気のないナダの態度に気づいたナザレの眉が吊り上がった。
「――気が変わった。戦うぞ。確かに準備は出来ていないかも知れないが、これも“経験”だ。私達はいつか、ティラノを簡単に倒せるような冒険者にならなくてはいけない! 確かにアスの言う通り、それは今なのかもしれない!」
ナダへの当てつけの様に、ナザレは言った。
「……手負いの獣ほど厄介だぞ。どうなっても知らねえぞ」
ナダの小声は他の仲間の耳にも入っていたが、風にかき消された。
いつも感想や評価ありがとうございます!
書籍版2巻が、すでに書店に並び始めているようです。
かなり加筆しているので、気になる方はぜひチェックしてみてください!




