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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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番外編 ローズの災難


お父様に言われたのは学院に入る三日前のことだった。


「アリス・シャルム嬢と、仲良くしなさい」


それだけで理由は教えてくれなかった。


でもお父様がそう言うなら、そうしなければならない。


それがうちの家訓みたいなものだ。


わかりました、と答えた。


そのときはまだ、深く考えていなかった。



✦ ✦ ✦



深く考えたのは前日になってからだった。


アリス・シャルム嬢。


人を操る、完璧な悪女。


目をつけられた者は必ず後悔する


そういう噂が、社交界にずっと流れていた。


仲良くしなさい、とお父様は言った。


……どうやって?


社交界で挨拶はしたことあっても向こうは私のことなんか覚えていないだろうし。


だって向こうは侯爵家で私は子爵家だよ


「ローズ」


幼なじみのミナが、私を見た。


栗色の髪の気の強い友人だ。


「顔が青いわよ」


「青くなる理由があるの」


「話してみなさい」


私はお父様に言われたアリス嬢のことを話した。


明日、学院初日に話しかけなければならないことも


ミナは最後まで黙って聞いていた。


「……それで、怖くて震えてるわけ」


「震えてない。少し緊張してるだけ」


「同じよ」


ミナはため息をついた。


「お父様に言われたんでしょう。ならやるしかないじゃない」


「わかってる。わかってるけど……」


「怖いの?」


「……怖い」


正直に言った。


ミナは少し呆れた顔をしたけど笑ってもいた。


「ローズって、正直よね」


「それは褒めてないでしょう」


「褒めてるわよ。少しだけ」


「少しだけなの」


「明日ちゃんと話しかけたら、もっと褒めてあげる」


ミナはそれだけ言って、お茶を飲んだ。


頼りになるような、ならないような。


でも少し、楽になった。



✦ ✦ ✦



翌日 学院初日。


廊下を歩いていたらアリス嬢が見えた。


一人で歩いていた。


周囲の人垣が割れていた。


誰も話しかけず、誰も近づかない。


今だ、と思ったけど足が止まった。


やっぱり怖い。


冷たい美貌が、何も映さない目が、全部を切り捨てるように流れていく。


あの人に話しかけたら、どうなるんだろう。


でもミナの「明日、ちゃんと話しかけたら」という声が頭に響いた。


深呼吸をひとつ。


「お久しぶりですわ。お元気でしたか?」


声が出た。


我ながら上出来だと思った。


アリス嬢が、私を見た。


怖い、でも逃げられない。


もう話しかけてしまった。


「……ええ」


アリス嬢が言った。


「あなたも元気そうね」


どきっとした。


あの冷たい声が、ちゃんと私に向いていた。


私を切り捨てずちゃんと答えてくれた。


「ええ、おかげさまで。また、お話しできれば嬉しいですわ」


言えた。


言えた!


アリス嬢は何も言わなかった。


でも切り捨てもしなかった。


その場を離れながら、私は内心で小さくガッツポーズをした。



✦ ✦ ✦



「で、どうだった」


その日の放課後、ミナが聞いた。


「話しかけられた!」


「それで?」


「答えてくれた!」


「それで?」


「……それだけ」


ミナは少し、黙った。


「つまり、一言交わしただけ」


「でも話しかけられたのよ? あのアリス・シャルム嬢に!」


「そうね。すごいわ。ちゃんと褒める」


ミナは拍手を一回だけした。


「で、次はどうするの」


次。


私は少し、考えた。


「……また話しかける」


「内容は」


「……考える」


「今から考えなさい」


ミナは呆れた顔のまま、でも付き合ってくれた。


こういうところが、この友人の好きなところだ。



✦ ✦ ✦



それから少しずつ、話しかけるようになった。


毎回怖くて毎回足が止まりそうになった。


でもアリス嬢は、意外と切り捨てなかった。


短く答えてくれるし目が合う。


稀に、口の端が少し動く。


話しかけていくうちにわかったことがある。


あの人が笑顔を作っている。


完璧な、冷たい笑顔。


でも私に向けるときの顔は少し違う気がした。


笑ってはいないけど拒絶でもない何か。


ある日、ミナに話した。


「最近、怖くなくなってきた気がする」


「へえ」


「アリス嬢って、なんというか……怖い人じゃないのかもしれない」


ミナは少し、私を見た。


「それ、お父様に言われたから近づいたんじゃなくて、自分で近づきたくなってるってこと?」


「……そうかもしれない」


「ローズ」


「何?」


「やっぱり正直よね」


「それ、今度は褒めてる?」


「もちろん」


ミナは笑った。


今度は、ちゃんと笑っていた。


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