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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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第三十一章 ぎこちない穏やかさ


公爵邸を出る朝、テオが廊下で待っていた。


「シャルム嬢」


「……何ですか」


「お世話になりました、という顔をしてください。せっかくの別れなので」


「別れではありません。また来ます」


「おお」


テオが少し、明るい顔になった。


「それは嬉しい。ルシアンも喜びます」


「テオ」


廊下の奥から、ルシアンの声がした。


「余計なことを言うな」


「余計ではないです、事実です」


「……」


ルシアンが歩いてきた。いつもの表情のない顔。


でも耳が、ほんの少し赤かったことに気づかないふりをした。


「……支度はできましたか」


「はい」


「馬車を用意しています」


「ありがとうございます」


三人で玄関へ向かった。


テオがずっと他愛のないことを話し続けた。


ルシアンはほとんど答えず、私は時々相槌を打った。


不思議な三人組だ、と思った。


玄関を出ると、ヴィヴィアンが馬車の傍に立っていた。


「お嬢様、お待ちしておりました」


「ごめんなさい、少し遅くなって」


「いいえ」


ヴィヴィアンがルシアンを見た。


深く一礼した。


「お嬢様をお守りくださり、ありがとうございました」


ルシアンは少し、ヴィヴィアンを見た。


「……当然のことです」


「いいえ」


ヴィヴィアンは静かに言った。


「当然ではございません。感謝しております」


ルシアンは何も言えない様子だった。


テオが小さく笑ったのが、聞こえた。


馬車に乗ろうとして振り返った。


なぜかはわからない。


ただ、振り返りたかった。


ルシアンが、こちらを見ていた。


「……また」


私は口を開いた


「はい」


「また、来てもいいですか」


少し間があった。


「……来てください」


その一言で、十分だった。


馬車が動き出し窓から外を見た。


ルシアンが、まだそこに立っていた。


テオが隣で手を振っていた。


遠くなった。


でも、消えなかった。



✦ ✦ ✦



シャルム家の屋敷に戻って、五日が経った頃、ルシアンが来た。


事前に手紙はなく、突然だった。


「公爵が、お見えです」


使いの者から聞いて、私は少しヴィヴィアンを見た。


ヴィヴィアンは何も言わなかった。


ただ、口の端が少し上がった。


「お通しして」


「かしこまりました」


応接室に向かった。


ルシアンが立っていた。


いつもの端正な顔。


部屋の中に立っていると公爵邸より少し、窮屈そうに見えた。


「……突然、申し訳ありません」


「いいえ」


「近くを通ったので」


「そうですか」


少し、間があった。


「……座りますか」


「はい」


向かい合って座っり、お茶が運ばれてきた。


しばらく、何も言わなかった。


でも不思議と苦しくなかった。


公爵邸での最初の頃は、この沈黙が重かった。


今はただ、静かだった。


「稽古は続けていますか」


ルシアンが言った。


「はい。オズワルド先生が来てくださっています」


「調子は」


「……前より、長く止められるようになりました」


「それは、よかった」


短い言葉だった。


でも声が、いつもより少し柔らかかった。


「公爵は」


「はい」


「……最近、どうですか」


聞いてから、少し照れた。


何を聞いているんだろう、と思った。


「……最近ですか?なぜ」


「わかりません。ただ聞きたかったので」


また、少し間があった。


「……問題なく、過ごしています」


「そうですか」


「テオが、うるさいですが」


「何か言っていましたか」


「……色々と」


ルシアンは少し、視線を外した。


「早く会いに行けと」


「……テオさんらしい」


「はい」


「……正しいと思います」


ルシアンが、私を見た。


「正しい?」


「早く来てくれてよかったので」


部屋が、静かになった。


ルシアンは少しの間、私を見ていた。


それから目が、少し細くなった。


笑顔ではない。


でも笑顔の手前より、もう少しだけ先の何かだった。


前よりも、また少しだけ先の。


「……そうですか」


「はい」


「では、また来てもいいですか」


「来てください」


今度は、間を置かずに言えた。


ルシアンの目が、また少し変わった。


窓から午後の光が差し込んでいた。


お茶が、少し冷めていた。


それでも二人とも、まだそこにいた。



✦ ✦ ✦



帰り際、玄関でヴィヴィアンと一緒にルシアンを見送った。


「公爵、お嬢様の為にまたいらしてください」


ルシアンはヴィヴィアンを見た後、私を見た。


「……また、伺ってもよいですか」


「はい。お嬢様が喜びます」


「ヴィヴィアン」


私は焦りながら割って入った。


自分から『会いに来て下さい』言うのはまだ良いけれど、侍女のヴィヴィアンから言われるのはとても恥ずかしい


「やめてちょうだい」


「やめません」


ヴィヴィアンは静かに言った。


「お嬢様が次をお待ちしております」


ルシアンはヴィヴィアンを見た。


それから私を見た。


「……そうですか」


困っているような。


でも嫌ではなさそうな。


「……では、また」


「はい」


ルシアンが歩いていった。


門を出て、馬車に乗って、姿が遠くなった。


「……ヴィヴィアン」


「はい」


「余計なことを言わなくていいです」


「余計ではございません」


「どうして」


ヴィヴィアンは少し、私を見た。


「本当のことですから」


それだけ言って屋敷に戻っていった。


私は門のところに少し立っていた。


ルシアンが消えた方向を、見ていた。


また来ると言った。


来てくださいと言えた。


それだけのことが、なぜか胸の奥にあたたかく残った。


始まったと、また思った。


今度はもっと、確かに。


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