第二十七章 声織りの選択
翌朝、ルシアンに呼ばれた。
仕事部屋に入るとテオもいて、二人の顔が昨日より険しかった。
「座ってください」
「……何があったのですか」
「昨夜、動きがありました」
ルシアンの言葉に胸の鼓動が速くなった
「星詠みの会が王家への働きかけを始めました。手段が残っていないわけではありません。ただ」
ルシアンは少し迷いながらも口を開いた
「その手を使えば、あなたの力のことが王家に知られる」
「それは……アダム殿下のことですか」
ルシアンは少し、目を細めた。
「なぜそう思いましたか」
「公爵と殿下が近しい関係だということは、知っていました。それだけです」
ルシアンは小さく息を吐いた。
「アダムに働きかければ、星詠みの会の王家への侵食は止められる。でもアダムは第一王子だ。魔法の存在を王家に明かすことになる」
「私の魔法が…王家に」
「そうです。あなたの力が今度は王家に知られる。それは別の危険になりうる」
「……それでも使えないのですか」
「使えます。ただ、あなたに判断してほしかった」
この人はいつも一人で決めてきた。
でも今、私に判断を委ねている。
「……使ってください」
「よろしいのですか」
「王家に知られても私は、もう隠れて生きるつもりはないので」
部屋の空気はとても静かだった。
テオはほっとしたように表情が柔らかくなって、ルシアンは表情を変えることはなかったけれど険しい表情ではなくなった気がした。
「……わかりました」
「それと」
「何ですか」
「リュセルヌには、私が話します」
ルシアンの表情が少し動いた。
「シャルム嬢」
テオが真剣な顔で割って入ってきた。
「シャルム嬢は無理はしないでください。リュセルヌのことはルシアンが」
「テオ」
ルシアンが静かに遮った。
名前を呼ばれてテオは少し黙った。
「私が、彼女の必ず傍にいます」
それだけだった。
でもその一言が、重かった。
✦ ✦ ✦
リュセルヌが来たのは、その日の午後だった。
公爵邸の門前に、一人で立っていた。
柔らかな茶色の髪が風に揺れていて、いつもの穏やかな笑顔だった。
使いの者から報告を受けて私は一人で向かおうとしたらルシアンに止められた
「待ってください」
「大丈夫です。一人で行きます」
「危険です」
「大丈夫です」
「アリス嬢」
「公爵」
私はルシアンを見た。
「傍にいてくれるのはわかっています。でも、これは私が終わらせなければならないことです」
ルシアンは私を心配そうに見つめ、何かを言おうとしてやめた。
「……わかりました。でも、何かあればすぐに」
「はい」
ルシアンに背を向けて、私は門へ向かった。
✦ ✦ ✦
リュセルヌは、私を見て微笑んだ。
「来てくれましたね、シャルム嬢」
「……はい」
「中に入れてもらえますか。話がしたい」
「ここで聞きます」
リュセルヌは少し目を細めた。
「……そうですか」
風が吹いた。
門の外の石畳の上に二人で向かい合った。
「お返事を、まだいただいていません」
「……断ります」
「理由を聞いてもいいですか」
「あなたを、信じられないからです」
リュセルヌは少しの間、私を見た。
それから笑顔に温かみが薄くなった。
「誰かに吹き込まれましたか」
「自分で判断しました」
「シルヴェスト公爵にでしょう。あの方は、あなたのことを本当に守ろうとしていると思いますか」
「思います」
「あの方には、あなたを殺す覚悟がある。知っていますか」
胸の奥が、静かに揺れた。
昨夜、偶然聞いてしまった知っている。
もし知らなかったら私はどう思ったのかな。
「知っています」
リュセルヌの目が驚いたように変わった。
「それでも、信じるのですか」
「はい」
「なぜ」
私は少し考えた。
「……殺す覚悟があるということは、それだけのものを抱えてきたということです。あなたにはそういうものがありますか」
「………」
「あなたは私を守りたいと言った。でも守った先に何がありますか。私の力をあなたたちのために使わせたいだけでしょう」
「声織りの力は正しく使われるべきです。シャルム嬢が一人に抱えさせるより」
「私が決めます。私の力のことは私が決めます。誰かのためでも誰かの駒としてでもなく、私が選びます」
リュセルヌの私を見る目に温かみがなくなった。
かといって冷たいわけでもない。
でも諦めたような、計算しているような。
「……あなたは、変わりましたね」
「そうかもしれません」
「以前のあなたなら、もっと揺らいだはずだ」
「以前の私は知りません」
「でも」
「もう終わりにしてください」
私は揺るがずに言った。
「星詠みの会はもうすぐ終わります。あなたが今日ここへ来たのも、もう追い詰められているからでしょう」
リュセルヌは黙った。
長い沈黙の間、風が吹いた。
「…………シャルム嬢…残念です」
リュセルヌのいつもの笑顔が戻っていた。
でも、もう温かくなかった。
「あなたは、素晴らしい声織りになれたのに」
「なりたくありませんでした」
「……そうですか」
リュセルヌは一歩、引いた。
「今日のところは退きましょう。でも、これで終わりではありません」
「終わりにします」
「あなたが決めることではない」
「私が決めます」
リュセルヌは私を見た後、背を向けて歩いていった。
石畳の音がだんだん、遠くなって消えた。
✦ ✦ ✦
振り返ると、ルシアンがいた。
門のすぐ傍に立っていた。
「……盗み聞きですか」
「……申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
「私は平気です」
「あなたは、また同じことを」
「本当に平気です」
今度は本当だった。
震えるかと思ったけれど言いたいことをリュセルヌに全部言えた気がする。
「……よく、言えましたね」
「公爵が抱えてきたことを知ったので」
ルシアンの表情が少し動いた。
「…まさか聞いていたのですか。昨夜のこと」
「少し聞いてしまいました」
「……申し訳ありません」
「謝らないでください」
「でも」
「聞けてよかったと思っています」
ルシアンは何も言えない様子だった。
「シルヴェスト公爵、約束はまだ有効ですか」
「……はい」
「終わったら全部聞かせてください」
「……必ず」
風が、リュセルヌが消えた門の外から吹いてきた。
まだ終わっていない。
でも確かに、動いた。
「公爵」
「なんでしょう」
「早く終わらせてください」
「……はい」
それだけだった。
でも今日のその一言は
いつもより少しだけ重かった。




