第二十四章 動き出す
星詠みの会が動いた。
それを知ったのは、ある朝のことだった。
ヴィヴィアンが、いつもより早く部屋に来た。
表情がいつもと違って引き締まっていた。
「お嬢様」
「何」
「シルヴェスト公爵から、急ぎの使いが参りました」
手紙ではなく使いの者が直接来た。
それだけで、ただごとではないとわかった。
「……何と」
「今日、お屋敷にいらしていただけますか、と」
「今日」
「はい。できれば午前中に、と」
私は少し考えたけれど、考える余地はなかった。
「わかった。支度して」
「はい」
ヴィヴィアンは一礼した。
でも扉を出る前に振り返った。
「お嬢様」
「何」
「……お気をつけて」
いつもの言葉だった。
でも今日はその言葉が重かった。
✦ ✦ ✦
シルヴェスト公爵邸に着くと、テオが出迎えた。
いつもの人懐こい笑顔ではなかった。
落ち着いた、真剣な顔だった。
「来てくださってありがとうございます。シャルム嬢」
「……何があったのですか」
「中でお話しします」
通された部屋は、広くて静かだった。
本棚が並んで、窓から光が差し込んでいる。
茶会のときとは違う部屋だ。
もっと、仕事をする部屋という感じがした。
視線を動かすとルシアンが視界に入り、彼は机の前に立っていた。
彼はいつもと同じ、表情のない顔。
でも目が何かを決めているような目だった。
「来てくれましたか」
「……はい」
「座ってください」
椅子に腰を下ろした。
ルシアンも向かいに座り、テオは少し離れた場所に立った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「アリス嬢」
「はい」
「昨夜、星詠みの会が動きました」
「……どのように」
「シャルム家の屋敷の周辺を、人が動いていた。今朝、確認が取れました」
胸の奥が、静かに冷えた。
シャルム家の屋敷の周辺を。
「……家族は」
「今のところ、無事です。ただ」
ルシアンは少し、間を置いた。
「時間がありません。あの組織は、あなたの返答を待ちきれなくなっている」
断ると決めたけれど肝心のリュセルヌにはまだ直接伝えていない。
それでも、リュセルヌは私の答えがもうわかっているのかもしれない。
「……動いた理由は、それだけですか」
「それだけではない」
ルシアンが言った。
「もともと、動く予定だったのだと思います。あなたの返答に関わらず」
「なぜ」
「あなたの力が、強くなっているから」
オズワルドのもとへ週に一度稽古を重ねていた。
感情を見て、制御して、そういう稽古を。
「……稽古のことを、知っているのですか」
「星詠みの会は、ずっと見ていた。あなたが制御を学び始めたことも、力が安定し始めたことも」
ずっと見ていたとなると、力が安定する事は彼らにとっては都合が悪いという事になる
「つまり、急いでいる」
「はい」
「制御できるようになる前に、囲い込もうとしている」
「そうです」
私は少し、息を吐いた。
怖いとは思わなくて、怖いより先にずっと見られていたことに腹が立った。
知らない場所で、知らない人間に、値踏みされていたことに。
「……どうすればいいですか」
「三つ、お願いがあります」
ルシアンは静かに言った。
「一つ。しばらくシャルム家の屋敷からここへ移っていただきたい」
「……ここへ?」
「シルヴェスト公爵邸の方が守りやすい。ご両親にも、すでに話を通してあります」
すでに話を通してあるなんて用意周到と言うのか何というのか、いつの間にやっていたんだろうか
「二つ。稽古を続けてください。オズワルドにここへ来てもらいます」
「……はい」
「三つ」
ルシアンは少し間を置いた。
「星詠みの会と決着をつけます。それまで信じてもらえますか」
また、同じ問いだった。
「……約束は、まだ有効ですか」
「有効です」
「全部終わったら、全部話すという」
「はい」
「では」
私はルシアンを見た。
端正な顔。決意のある目。
この人はずっと決めていた。
幼い頃から、ずっと。
「信じます」
ルシアンは何も言わなかった。
でも目が、少し変わった。
テオが小さく息を吐いたのが、聞こえた。
「ありがとうございます」
「……お礼はまだ早いです」
「そうですね」
「終わってから、言ってください」
ルシアンは少しの間、私を見た。
「……はい」
窓から光が差し込んでいた。
動き出した、と思った。
もう、引き返せない場所に、来た気がした。




