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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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第二十二章 なぜ


次にルシアンと会ったのは学院の中庭だった。


また、たまたまだろうか。


でも、もう偶然とは思えなくなっていた。


この人が「たまたま」いる時は、きっとたまたまではないのかもしれない。


「アリス嬢」


ルシアンが先に声をかけてきた。


珍しい、と思った。


いつも私から話しかけていた。


「……何ですか」


「顔色が悪い」


「平気です」


「また同じことを言う」


「……今日はそれを言いに来たのですか」


ルシアンは少し、私を見た。


「いいえ」


「では」


「稽古は、続いていますか」


「続いています」


「そうですか」


それだけだった。


また壁だと思ったけれど、今日は私も引くつもりがなかった。


「公爵」


「何ですか」


「聞いてもいいですか」


ルシアンは少し間を置いた。


「内容によります」


「……婚約を、提案したのはあなたですか」


静かな中庭に、噴水の音だけが落ちた。


ルシアンの表情は動かなかった。


でも目が、少しだけ変わった。


何かを、測るような目だった。


「……誰から聞きましたか」


「両親から」


「そうですか」


「なぜですか」


「……」


「なぜ、提案したのですか。なぜ盾になろうとしたのですか」


言葉が、少し溢れた。


止めようとしたが間に合わなかった。


「なぜ、ずっとそこにいるのですか」


そして一番聞きたかったことが、口から出た。


「……あなたは、私をどうするつもりですか」


守るつもりなのか。


それとも違う意味があるのか。


原作では、ルシアンがアリスを殺した。


盾になりながら、守りながらそれでも最後は殺した。


その理由が、まだわからない。


全部明かされる前に私はここに来てしまったから。


だから怖い。この温かさが、怖い。


ルシアンは、私を見ていた。


動かない。答えない。


いつもの壁だと思ったとき。


「……座っていただけますか」


低い声だった。


ルシアンが、ベンチを示した。


促されるまま、私は腰を下ろした。


ルシアンも少し距離を置いて座った。


しばらく、何も言わなかった。


噴水の音。風の音。遠くで誰かが笑う声。


「アリス嬢」


「はい」


「私がお答えできることと、できないことがあります」


「……また、それですか」


「今は、まだ」


「いつになったら」


ルシアンは少しの間、噴水を見ていた。


「……すべて終わったら」


「すべて、とは」


「星詠みの会のことです」


静かな声だった。


「あの組織が片付いたら。そのとき全部話します」


全部話します。


この人が、全部話す、と言った。


「……約束ですか」


ルシアンは私を見た。


「約束です」


初めて、そう言った。


壁の向こうから一歩だけ出てきたような、そういう言葉だった。


「……一つだけ、教えてください」


「内容によります」


「幼い頃から知っていたのですか。私のことを」


また間があった。


今度は、さっきよりも長かった。


「……はい」


短く、でも確かに答えた。


「ずっと、知っていました」


その言葉が音もなく、静かに胸の奥に落ちた。


「……そうですか」


それしか言えなかった。


ルシアンは立ち上がった。


いつも通り、何事もなかったように。


「稽古を、続けてください」


「……はい」


「無理はしないように」


それだけ言って、歩いていった。


私はベンチに座ったまま、その背中を見送った。


すべて終わったら全部話すと、約束と言ってくれた


この人が初めて約束をしてくれて胸の奥が静かに温かくなった。


でも怖い、とも思った。


温かいと感じている自分が少し怖かった。


原作では、この人がアリスを殺した。


なぜかはわからない。


でも約束をした人間が、殺すだろうか。


……わからない。まだ、わからない。


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