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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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第二十一章 伝えられなかったこと


父が、ゆっくりと口を開いた。


「アリスは、シルヴェスト公爵のことをどう思っている」


予想外の問いだった。


「……婚約者、ですね」


「それだけか」


「今のところは」


父は少し私を見た。


それから母と視線を交わした。


「あの男は、お前のことを知っている」


「力のことを、ですか」


「ああ」


胸の奥が、静かに揺れた。


知っていた。


だから廊下での出来事のあと、あの目が何も驚いていなかった。


茶会でも、夜会でも、まるで最初からすべてわかっているような目だった。


「……いつから」


「幼い頃から、だ」


「幼い頃から…ですか」


「シルヴェスト家とシャルム家は長い付き合いがある。あの子が小さかった頃、まだお前が力を制御できていなかった頃、何度か顔を合わせる機会があった。そのとき、見ていたのだろう」


オズワルドの言葉が頭を過った。


あいつはずっと一人で抱えてきたと言っていた。


お前のことも含めて、と。


「……公爵は、誰かに話しましたか」


「話していないわ」


今度は母が口を開いた


「あの方は、ずっと黙っていた。私たちにも一言も。ただ知っている、ということだけはわかった」


「なぜ、黙っていたのですか」


「さあ」


父が静かに言った。


「それは、あの男に聞くしかない」


でも、あの人は教えてくれない。


何を聞いても壁を作り「今は言えません」と言う。


「もうひとつ話しておきたいことがある。婚約のことだが」


「……はい」


「あの婚約は、お前を守るためのものだ」


「守る?」


「シルヴェスト公爵家の婚約者である限り星詠みの会はそう簡単には手を出せない。あの家の力は、この王国では別格だ。だから婚約を続けることが、お前の盾になる」


私の盾。


私は、少しの間、何も言えなかった。


婚約の意味がただの政略ではなかった。


冷遇しながら婚約だけは続いている理由が盾だった。


ずっと、私を守るための盾だった。


「……公爵は、それを知っていてやっているのですか」


「知っているどころか」


母が、静かに言った。


「あの方が、提案してきたのよ」


「……提…案?」


信じられないと言いたげな私の声の震えに父は苦笑いを浮かべながらも教えてくれた


「お前が社交界に出る前に、シルヴェスト公爵から話があった。アリスを婚約者にしたいと。理由は言わなかった。でも目が真剣だった。だから私たちは、受けた」


ルシアン自身から提案してきた。


冷遇しながら。無視しながら。


壁を作りながら。


それでも婚約を自分から申し出て盾であり続けた。


「どうして……そこまで」


「さあ」


父がまた、同じ言葉を言った。


「それも、あの男に聞くしかない」


窓の外で、鳥が鳴いた。


私は視線を手元に落とした。


知らなかったことが多すぎた。


両親が隠してきたことも。


ルシアンが抱えてきたことも。


この婚約の意味も。


自分で選んだと思っていた鎧は両親が作ったものだった。


冷たいと思っていた婚約者は自分から盾になっていた。


「……ありがとうございます」


ようやく、そう言った。


「全部、教えてくれて」


「アリス」


母の私の名を呼ぶ声が温かく感じた。


「はい」


「これから、どうするつもり?」


私は、ずっと婚約破棄を考えていた。


でも真実を知った今は…


「……少し、考えさせてください」


「ええ」


母は、それ以上聞かなかった。


部屋を出て、廊下を歩いた。


足が、少し重かった。


頭の中で色々なものが、ゆっくりと整理されていく。


ルシアンが、自分から提案して盾になった。


……なぜ。


それだけが、まだわからなかった。


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