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完璧な悪女が、ひとりだけ騙せない  作者: 宵待 桜


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第二十章 母の秘密


母に呼ばれたのは、ある午後のことだった。


いつものお茶の時間ではなかった。


使いの者が「侯爵夫人がお部屋にいらしてほしいとのことです」と伝えてきた。


珍しいと思った。


母はいつも応接間にいる事が多いから。


母の私室へ向かうと扉が少し開いていた。


ノックすると、「入って」という声がした。


中に入ると母だけではなく、父もいた。


窓辺に立って外を見ていた。


振り返った顔は、いつも通り穏やかだった。


でも目が違うように感じた。


何かを決めてきたような、目だった。


「座って、アリス」


母の言葉に私は椅子に腰を下ろした。


両親が向かいに並んで座り、しばらく誰も何も言わなかった。


窓から光が差し込んでおり部屋が静かだった。


「……お父様も、いらしているのですね」


「ああ」


父は短く答えた。


「話があるのは、私だけではないからな」


母と父が視線を交わした後、母が口を開いた。


「アリス。あなたの力のことを私たちは知っています」


それは静かな声だった。


「生まれたときから、知っていたわ」


胸の奥が静かに冷えた気がした


でも表情は動かさない。


「あなたが初めて声を出したとき、部屋中の使用人がみんな同じ方向を向いた。あなたの声に引き寄せられて。あの子はまだ赤ん坊なのにと思った。でも同時にわかった。この子は特別な力を持って生まれたのだと」


「……それで、どうしたのですか」


「隠した」


父が言った。


「お前の力を誰にも知られないように二人で、ずっと隠してきた。使用人は厳選した。お前に近づく人間は全員確認した。魔法が禁忌であることは知っていたから」


父の慎重な言葉に続けて母が言った


「そして、あなたがまだ幼い頃にお願いをしの。悪女として振る舞ってほしいと」


「え?」


驚くのも無理はなかった。


私はずっと自分で選んだと思っていた。


悪女として振る舞うことは自分が考えて、自分で決めたことだと。


アリスとして生きていくために自分が選んだ鎧だと。


でも実際は違って、両親が最初からそう育てていた。


幼すぎて覚えていないほど、ずっと前から。


「誰も近づかなければ力が発動する機会も減る。そして恐れられていれば変な組織に目をつけられても簡単には手が出せない。だからそうお願いした」


父の声は穏やかだった。でも、重かった。


私は何も言えなかった。


「ごめんなさい、アリス」


母の声が揺れた。


「全部話すべきだったのに。あなたが幼すぎると思って。怖がらせたくないと思って。でも結局あなたをひとりにしてしまったわね」


ひとりにしてしまった。


アリスはずっと孤独だった。


悪女として、誰も近づかない場所に立っていた。


それは守るためだった。


両親が、守るために作った孤独だった。


泣きたいと思った。


でも涙は出なかった。


「アリスは、星詠みの会を知っているか」


「知っています」


「あの組織は声織りを守ると言う。だが本当は利用しようとしている。稀有な力を囲い込んで、自分たちのために使おうとしている。だからお前を近づけなかった。だから悪女のままでいてほしかった」


リュセルヌの声が、頭の中で響いた。


声織りを守りたいと言っていた温かい声が。


でもあの棘は、ずっと抜けなかった。


「……わかりました」


私はゆっくりと息を吐いた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


母が、目を細めた。


今度は目も、笑っていた。


「まだ、あなたに伝えていないことがあるの」


母の言葉に父は頷いた。


「聞いてほしいの。アリス」


窓の外で、風が動いた。


私は静かに、目を上げた。


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