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二話 水面に映る過去


 「リヴィア、何か困ってることはない? 僕でよければ、力になるよ」


 魔法学園に編入して数日。

 なぜかわたしは、王太子殿下と仲良くなっていた。

 いや、ほんとになぜ。

 わたしは庶民で、街で育った貴族のマナーとかとはほど遠い存在で、王太子殿下から見れば、一番縁遠い存在だと思うのに。

 まあきっかけは分かっている。

 希少な治癒魔法属性を持つということ、学期途中からの編入であることから、わたしは攻略対象の一人である天才魔法科教師、ルヴァン先生の預かりとなった。一番若い先生が、面倒な生徒を押しつけられたともいう。

 けれどこのルヴァン先生、魔法以外はからきしの、テキトーもいいところなダメ教師だった。

 上から押しつけられた面倒ごと、つまりわたしを、右から左にさっさと受け流し、生徒会に丸投げしたのである。

 生徒会長は、王太子殿下。副会長は騎士団長子息。会計は宰相子息。全員もれなく攻略対象。なんなのこの出来すぎた展開。


「いえいえ王太子殿下にそんな、恐れ多い」

「遠慮はいらないよ? 君のことはルヴァン先生に頼まれているし、治癒魔法使いは国の宝だ」


 今日もまた、王太子殿下とばったり出くわした。

 金髪に青い瞳の、ザ王子様といった見た目の殿下はニコニコとわたしに話しかけてくる。犬っぽい。貴族っていうか王族だし、どこまで本心か分からないけれど、少なくとも嫌われてはいなさそうだ。


 「えーっと、そのルヴァン先生に頼まれた用事を思い出しましので、これで!」


 攻略? 籠絡?

母さんのため、私は王太子殿下に近づかなければならない。……のだけれど、今まで全くかかわりのなかった雲の上の人だ。話しかけられるたびに胃がキリキリと痛む。ちょっとだけでいい、心と胃の平安のために、物理的な距離をとりたい。


「何の用かな? 生徒会関連だったら、僕も無関係じゃない。手伝うよ」

「いえいえ治癒魔法の資料整理ですから! それに殿下、そろそろお昼の時間です、生徒会室に行かれたほうがいいのでは?」

「なんだかリヴィアには避けられてる気がするなぁ。僕、君に何かした?」


 ……いや、王太子殿下、あなたの距離感の方がバグっているとしか。普通、会って間もない子爵家養女ごときに、一国の王太子がそこまでかまいますか。

 と、内心思っても口には出せないわたしは、ただ背中に汗し微笑むしかない。

 そんな私たちのやりとりを、セイン・コネクトス――宰相息子が冷やかした。


 「殿下ってばリヴィアに避けられたくないんだ。リヴィアかわいいもんねぇ。ほんと天使」

 「セイン、僕は生徒会長として、編入生でまだ学園に慣れないリヴィアを気にかけているだけだよ」


 殿下が王子様然とした微笑みを浮かべる。

 後ろのほうで、女子たちの『きゃーっ』という歓声が聞こえた。

 王太子殿下はもちろん学園の王子様で、女子たちの絶対的なアイドルだ。

 そのアイドルに、ぽっとでの元庶民が気にかけられている――周りの女子、つまり古参ファンからすれば当然面白いはずがない。

 王太子殿下たちにかまわれればかまわれるほど、わたしは学園でボッチだった。


(はぁ……疲れる。でもまあ、学園生活を楽しむために入学したわけじゃないから、いいんだけど)


「殿下、そろそろ時間です」

「分かったよ、グネトスはまじめだなぁ」


 グネトス・オーストリッジは、騎士団長子息で、学園での王太子殿下の護衛を兼ねている。無口でめったに私語をしゃべらないけれど、なんとなくわたしを面白く思っていないだろうことは伝わってくる。

 まあ、身元もよく分からない編入生に警護対象がのこのこと近づいていったらねぇ。警戒するのも当たり前か。


 ◇◇◇


 王太子殿下と別れ、魔法科の資料室へと逃げ込むと、ルヴァン先生がだるそうにソファに寝転がって論文を片手にお菓子を食べていた。


 「ぼくは研究が忙しいから、リヴィアちゃん、資料整理よろ~」

 「……それ本来私の仕事じゃないですよね?」

 「治癒魔法なんて珍しー属性、入学してくるの数年に一回とかだから~、資料引っ張り出すだけでめんどいんだもーん。結局キミの授業に使うものだし。治癒院でバイトしてたんだっていうし、お手の物でしょー?」


 (……この先生、魔法は天才だっていう話だけど……いい加減すぎない?)


 もっとも、人間の相手をするより資料に向かう方がなんぼかマシだ。

 母さんが元気だったころは魔法学園に来るのを拒んでいたけれど、学んでみると意外に性に合って、魔法知識を学んだり、調べたり、実践したりするのは楽しかった。ナマケモノなルヴァン先生も、自由に資料を触らせてくれるという面ではありがたい。

 まあ、苦手なほうの恋愛とかが主目的で、そっちを頑張らなきゃなのがツライんだけど。


 好きでもない王太子殿下を好きなふりをして、王太子殿下に好きになってもらわなければ。罪悪感とうしろめたさと。最近、めっきり食欲はない。

 王太子殿下に、キラキラした笑顔で近づいてみる。……胃が痛い。

 王太子殿下に話しかけられて、嬉しそうに笑ってみる。……胃がムカムカする。

 王太子殿下のロイヤルなボケに……つっこんじゃだめだ。裏拳入れちゃダメ。


 そんな感じで、わたしの学園生活は順調(?)に進んでいた。

治癒魔法は少しずつ使えるようになっていって、王太子殿下とも少なくとも友人のようには話せるようになった。

 ただ、王太子殿下と親しくなるほど、周囲の視線はどんどん冷たくなっていく。

「庶民のくせに」「あざとい」「媚びてるのよ」なんて陰口も、日に日に増えてきた。

 このピンクピンクした見た目も悪いのかもしれない。

 胃が痛い。

 (耐えろ、私)


 ◇◇◇


 ある日、事件は起きた。


「ねぇ、リヴィアさん。ちょっと手伝ってくれない?」


 後ろから声をかけられ、振り返った瞬間――

 強い力で、誰かに背中を押された。


「――っ!」


 視界がぐるりと回り、次の瞬間、冷たい水の感触が全身を襲う。

 池に落ちたと理解したのは、水の中でゴボリと息を吐いてからだった。

 わたしを押したのが誰かはわからなかった。

 そんなことより息ができない。制服が重い。水の中で必死にもがく。あれだけ練習した治癒魔法が、うまく発動できない。


(だめ、苦し、い……)


 頭の奥が、じんじんと痛んだ。

 

◇◇◇


 ――気がつくと、わたしは別の場所にいた。

 

(……ここはどこ? ……違う、これは記憶だ。わたしがリヴィアになる前の……)


 自分の前世、日本で生きた記憶。

 施設で育ち、奨学金とバイトで看護学校に通っていたわたしは、高速バスで推し絵師の絵画展へと向かっていた。その途中で、記憶がブツリと切れている。多分、バス事故。

 そのときに読んでいたライトノベルが『玲瓏たる悪役令嬢は月夜につまびく』――通称『レイつま』。

 ここは、『レイつま』の世界だ。リヴィアはその登場人物の名前だった。

 つまり私が今いるこの世界は、物語の中。

 しかも、私――リヴィアは、『悪役令嬢モノ』の主人公、公爵令嬢ルミカーラを引き立てるために存在する、敵役ヒロインだった。


 (……嘘でしょ)


 『レイつま』のストーリーは、母親を人質にとられた敵役ヒロイン・リヴィアが隣国の手先となり、学園に編入し王太子を篭絡、卒業パーティで王太子の婚約者だったルミカーラを婚約破棄、断罪しようとする。けれど事前にリヴィアの養父サイゼル子爵の外観誘致の証拠をそろえていたルミカーラに、断罪返し、つまり『ざまあ』される。追い詰められたサイゼル子爵は、隣国の召喚魔術を使って召喚獣を呼び出し、国王や宰相を殺そうとする。その際に王太子はリヴィアをかばって死亡。召喚獣は、剣聖と名高いベアトルト王弟と剣姫ルミカーラ師弟によって倒され、王太子を失った国の後継者として、王弟が即位、ルミカーラが王妃となるハッピーエンドだ。


(ちょっと待って、人質? 母さんが? もっとよく思い出して前世のわたし)


 そうだ。母さんの病も、サイゼル子爵の策略だった。

 魔力枯渇症というのは真っ赤な嘘で、都合のいい条件をもったわたしを手ゴマとするため、サイゼル子爵が母さんに毒を盛った。母さんが治るか治らないかはサイゼル子爵の匙加減次第。


(わたしは……自ら進んで、悪魔の手に、母さんを任せてしまったの? ごめんなさい……ごめんなさい母さん。わたしのせいで……)


 悔やんでも悔やみきれない。


(母さんはもう子爵の手の内にある。母さんの意識は戻ってないし、わたし一人じゃ助け出せない。わたしが下手に動けば、母さんが……)


 唯一の救いは、この先、物語通りならサイゼル子爵は断罪され、母は助け出されることだ。

 わたしは敵役として、ルミカーラ嬢を陥れようとし、やがて『ざまあ』されるポジションなのだけれど、実は人質をとられて従わされていたことが明らかとなり、『リヴィア』は王妃となったルミカーラ嬢の侍女となり絶対的な忠誠を誓うというラストで――

 そこまで考えて、わたしはハッとした。

 王妃となったルミカーラ嬢。王太子殿下とではなく、ベアトルト王弟と結婚し、王妃となった。

 王太子は、召喚獣からリヴィアをかばい、死亡してしまったから。

 わたしをかばって、王太子殿下が死ぬ……?

 わたしの脳裏に、大型犬のような王太子殿下の笑顔が浮かんだ。

 王太子殿下は、いい人だ。

 最初は、このかわいらしい容姿に惹かれて下心で親切ごかしているのだと思っていた。けれど、仲良くなるにつれて誤解だと分かった。

 王太子殿下は、誰にでも真摯で、王位を継ぐ者として努力していた。本当に生徒会長として、編入生のわたしを気にかけてくれていた。国益となる治癒魔法適性のあるわたしを気にしてくれていた。

 王族なんだから、決して善意だけではないだろう。それでも、その中心は温かなものでできている。

 その王太子殿下が、王太子殿下を利用するためだけに近づいたわたしなんかをかばって死ぬ……?

 そんなことがあっていいはずがない。絶対に。作者が許してもわたしが許さない。


(……やるしかない。母さんを救うためには、物語通りの“敵役ヒロイン”を演じながらも……王太子殿下を死なせない方法を見つけないと。絶対に)


 ◇◇◇


「リヴィア!? 落ちたのか!? 水面が光ったから何があったかと来てみれば……ケガは? 医務室に行こう」


 水面から顔を出すと、王太子殿下が心配そうに覗き込んでいた。

 その青い瞳は、まるで子犬のように不安げに揺れている。

 

「……大丈夫です。治癒魔法を発動できたので。ご心配をおかけして、すみません」

 

 わたしの声は震えていて、殿下は手を差し伸べてわたしをひっぱりあげてくれた。殿下の制服が生臭い泥水で汚れたけれど、まったく気にせずに、べしょべしょのわたしにさらに上着を貸してくれた。

 わたしは絶対に、この人を死なせたりしない。もちろん母さんも。

これからわたしは、“物語の敵役”を演じて生きていく。



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