最終話 全部
部屋に戻ったヘンデルは腕時計を確認した。
速攻で戻るつもりはなかったが、遅くなるつもりもなかった。
だが、メロディにとっては遅かったようだった。
「ここで寝たら風邪ひくよ?」
ヘンデルは声をかけながら、メロディが寝たふりをしているのかどうかを確認した。
「あ……」
メロディが眠たそうに瞼を上げた。
「すみません」
ヘンデルの側にいたいという気持ちを抑え、有能な女性になったことをアピールすることに専念する作戦にメロディは変更した。
見て欲しい資料を上にしてテーブルに置き、最初に座っていた席へ戻った。
ヘンデルが戻るまで休憩とばかりに目を閉じていたら、いつの間にか睡魔が訪れたようだとメロディは思った。
「最近忙しかったので。コーヒーですね。いただいても?」
「勿論。そのために持って来た」
ヘンデルはコーヒーの入ったカップを渡した。
「無理しなくていいよ? またにすればいい」
「そうですね。でも、ヘンデル様だけでなく私も忙しいのです」
「明日の予定は?」
「珍しく何もないのです。だからこそ、こちらに来ました」
嘘だった。
本当はヘンデルの部屋に泊まれるよう次の日の予定を空けて来た。
「でも、家にいればピアノの練習をしたり作詞作曲をしたり、次のコンサートや領地のこととか……いくらでもやることはあります。それから少しだけ距離を置いて、自分を休ませてあげることも大事だと思っています」
「そうだね」
「ヘンデル様が好きです」
メロディはコーヒーカップを見つめながら伝えた。
「こうして一緒にコーヒーを飲んでいるだけで幸せです。もっと頑張ろうと思えます。心の栄養を補給しに来ました。自分勝手ですみません」
「駄目なら追い返しているよ。俺も暇じゃないしね?」
「そう言っていただけると嬉しいです」
希望が持てて。
メロディはコーヒーをまた一口飲んだ。
「眠い?」
「大丈夫です」
メロディははっきりと答えた。
だが、
「どうしても辛ければ、隣の部屋を使ってもいいよ?」
と・な・り・の・へ・や!!!!!
それは寝室。
間違いなく寝室。
ベッドがある。
メロディの顔は真っ赤になった。
心臓はバクバクと急激に大きな音を立て始めていた。
「可愛いね」
ヘンデルはクスリと笑った。
冗談だったのだとメロディは思った。
それが悔しくて、悲しくて、見返したくて。
「そうさせていただきます!」
メロディは勢いよく立ち上がると、隣の部屋へ向かった。
全力ダッシュで。
バタン。
寝室へ続くドアが開き、閉まった。
その反応にヘンデルは目を見開いた後、声を抑えながら笑い出した。
本当に可愛いなあ……でも、もう二年か。
早いようで遅くもある。
そろそろけじめをつけなければいけない。
そう思いながら、ヘンデルはテーブルの上にある資料を取ると目を通し始めた。
メロディは目覚めた。
朝。
嬉しさと同時に緊張もあった。
「おはよう」
メロディよりも先に目覚めていた人物――ヘンデルが声をかけて来た。
「気分はどう?」
「幸せです」
押しかけ宿泊に成功。
だが、本当に宿泊しただけ。
ヘンデルのベッドで眠っただけだった。
何もなかった。
何も。
その事実がまたしてもメロディを悔しがらせた。
「添い寝してくださったのですか?」
「俺のベッドだし、半分は使ってもいいよね?」
「ぜひ、使って欲しかったです」
それがメロディの気持ち。
「でも、手を出してくれなかったのですね」
「そうでもないよ?」
えっ!!!!!
メロディはすぐさま自分の身なりを確認した。
指輪だわ……。
眠っている間につけられたものであるのは言うまでもない。
「この指輪は……頑張ったご褒美でしょうか?」
メロディはドキドキしながら尋ねた。
指輪は三つ。
黄金色の指輪。
マーキス・カットの大きなダイヤモンドが縦についている指輪。
小さなマーキス・カットのルビーが左右に埋め込まれている指輪。
それぞれが独自のようでいて、三つ合わせることで一つの指輪になっているようにも見えた。
「下から結婚指輪。婚約指輪。恋人の指輪。欲しいのはある?」
「全部欲しいです」
メロディは正直に答えた。
「甘えるようにおねだりされたら考えようかな?」
メロディは隣に寝そべっているヘンデルに抱きついた。
「全部頂戴。お願い」
声は甘えているが、動作はまだまだ。
ハニートラップを数えきれないほど仕掛けられてきたヘンデルから見れば。
だが、ヘンデルはメロディらしいと思った。
「朝から美女におねだりされると嬉しいなあ。いいよ、全部あげる」
メロディは抱きしめ返された。
優しく受け止めるように。
「これってプロポーズですか?」
「俺はプロポーズされた方だよ?」
そうだったとメロディは思った。
「返事をやり直したい。受けたいんだけど、いいかな?」
「勿論です! 絶対に幸せにしますから!」
「よろしく頼むよ」
微笑みながらヘンデルは答えた。
「俺もおねだりしていい?」
「どうぞ遠慮なく!」
「メロディのすべてが欲しい。婚姻誓約書にサインしたらね」
「全部あげます! でも」
メロディはふと思った。
「なぜ、赤いルビーは二つなのでしょうか? ヘンデル様をあらわすなら一つですよね?」
メロディは指輪のデザインが気になった。
「メロディの好きなものだ。俺と芋だよ」
メロディは笑わずにはいられなかった。
「素敵です!」
「そう思うのはメロディだけだ。別の意味もある。俺の瞳かもしれないね?」
メロディを見ている。ずっと。
「自分で言うのもなんだけど、結構重いなあ」
「大丈夫です! 私の愛の方がもっと重いので!」
年上の男性を好きで好きでたまらない気持ちを歌にして発表した。
そのせいでメロディがヘンデルのことを想っているのは知られている。
メロディなりの大告白であり、大牽制だった。
効果は抜群。メロディの恋を応援してくれる者の数が爆発的に増えた。
「まあ、領地の数だけれどね」
広大な領地が一つ。小さな領地が二つ。
「三つで一つになる。全部俺のものだ。俺の妻も三つを手にすることになる」
「最高の指輪ですね!」
「最高なのはメロディの方だよ」
ヘンデルはそう言うとメロディを見つめた。
「キスしたい。幸せにしてくれるんだよね? 今すぐ幸せにして欲しいな」
「幸せにします。じゃあ、いいですか? 心の準備とか?」
プルプルと震えるメロディを見たヘンデルは可愛いと感じた。
だが、意味が違う。変わった。
一人の女性として愛しい、かな。
「幸せにするよ」
唇が重なりあった。
幸せな時間はまだまだ続く。長い人生と共に。
それを確信させる口づけだった。
お読みいただきありがとうございました!
なんとなく、メロディの圧を感じて書いた感じ……(謎)




