04 二年後
年月が経つのは早い。
メロディは大学を二年間で卒業した。
音楽部の首席だった。
それが可能だったのは、圧倒的な実力を示したから。
世界的なピアノコンクールにおいて歴代最年少で優勝した。
大陸一を決める国際大会、エルグラードで最も権威あるピアノコンクールでも優勝した。
実力至上主義の大学だけに、三つの最上位を手にしたピアニストが大学卒業時の首席でないわけがない。
メロディの目覚ましい活躍はそれだけではなかった。
女侯爵になるための勉強に励み、様々な取り組みを立案していた。
音楽を活用した領地改革には音楽をこよなく愛する両親も大賛成。積極的にメロディの意見を取り入れてくれた。
社交にも励み、慈善活動もしている。
人々を音楽で幸せにするため、多種多様なコンサートを主催していた。
その際に発表した歌曲『貴方がいるだけで幸せ』は人々を驚嘆させた。
音楽の世界においては古典的な音楽が上位かつ主流として幅を利かせており、オペラではない歌曲は大衆歌として軽視されていた。
だというのに、世界屈指のピアニストが自作の歌曲を作り、弾き語りで披露するというのはあまりにも衝撃的だった。
しかも、年上の男性に片想いする若い女性の心情をあらわした歌詞は女性達の共感を呼び、爆発的な人気曲として口ずさまれるようになった。
あまりの人気ぶりにオペラにしてはどうかという話が上がったが、メロディはプライベートを詮索されるような気がして断った。
代わりに、愛する人へ贈るというテーマで歌や曲を作り、音楽と愛と人が一つになれるというメッセージを発表した。
音楽家だからこそ、音楽を通して自分の気持ちを届けるというメロディの行動に人々は納得し感動し絶賛した。
メロディは世界屈指の技能を堪能できる名曲や自作の歌曲を披露する単独コンサートを開催。大喝采を浴びた。
あまりにも多忙な日々。
それでも美しいと評判の笑顔を振りまき、見事なプロポーションがわかる最新流行の服で若い男女を魅了するファッションリーダーでもあった。
但し、メロディが普段愛用する宝飾品はペンダントのみ。
マーキス・カットのルビーがお守りとして常に輝き、実際にメロディを守っていた。
「そろそろいいわよね?」
メロディなりに条件はクリアしていると思っていた。
周囲にも意見を求め、同意を得ている。
覚悟を決めたメロディは王宮へ行った。
夜に。
ヘンデルは部屋のドアをノックしたメロディを見て苦笑した。
「ご相談したいことがあって。夜ではないとお仕事の邪魔になると思ったので」
「仕方がないなあ」
メロディは部屋の中に招き入れられた。
「相談って?」
「跡継ぎとしての相談です」
メロディはソファに視線を向けた。
「少し長くなるかもしれません。座っても?」
「ん。いいよ。座って」
「ヘンデル様の方が先です。身分的に」
「レディファーストだよ」
失敗……。
ヘンデルが座った後、その隣に座る計画だったが、阻止されてしまった。
メロディがソファに座ると、案の定、ヘンデルは対面側にあるソファに座った。
「それで?」
「領地のことです。キュピエイルを盛り立てようと思って、意見を出しました。音楽に関係することなので、両親は喜んでくれています。私の周囲に聞いても良い評価です」
メロディは跡継ぎらしいことができていると思った。
だが、ふと思った。
反対も却下もないと。
本当は良くないが、そうは言わないだけ。メロディの気持ちが優先で、家や領地など他のことは二の次になっていないかなどと感じ始めた。
「音楽関係、特に芸術分野はお金を投資しても、それに見合うだけの利益が出にくいです。私の方で何度も見直したのですが、黒字なのです。かなりの。でも、他の同じような催しなどと比べるとあまりにも差があります」
大成功と言えばそれまでだが、自分に見せるために改ざんされていないかも気になり始めてしまったことをメロディは話した。
「ヘンデル様なら遠慮なくというか、本当のことを言ってくれると思って……資料を持ってきました。お忙しいし、疲れているとは思うのですが、目を通していただけないでしょうか?」
「見るだけはできる。でも、俺は神じゃない。資料を見てもわからないことだってあるし、メロディが求めている答えが出ないかもしれないよ?」
「もちろんです! それでも、疑心暗鬼になってしまった以上、信頼できる方に見ていただきてくて……」
「わかった」
メロディは持って来た資料を取り出すとヘンデルへ渡した。
「しばらく無言になるけれどごめんね?」
「大丈夫です」
ヘンデル様のお姿をじっくりと堪能するので!
メロディは心の中で答えた。
やがて。
「メロディ」
「はい」
「頑張っているね」
メロディは嬉しくなった。
「もちろんです! いずれは侯爵です。領民を導くためにもしっかりしないといけないです!」
「そうだね。で、俺が見た感じ、特に問題はない気がするよ?」
「でも、利益が多すぎる気がします。音楽系のコンサートでここまで利益が出ることはありません」
「比較対象が違うと思うよ?」
ヘンデルは答えた。
「通常の音楽コンサートはオーケストラだ。それなりに多くの演奏者が必要になる。当然、人件費だけでなく交通費や調整に関わる費用なんかも発生する。メロディのコンサートは自分の演奏と弾き語りだ。演奏者の人件費はメロディだけじゃないか」
さすがヘンデル様、わかっていらっしゃるわ!
だが、メロディはわからないふりをした。
「そうかもしれませんけれど、でも、会場費などは普通にかかりますよね? 経費は抑えるようにしていましたけれど」
メロディはふと思い立ったような表情をすると立ち上がった。
「すみません」
すばやくヘンデルの隣へ移動し、机の上にあった資料を取る。
「ちょっと待ってください。渡した資料の中に……」
見て欲しい資料を探すという理由でヘンデルの隣に移動し、居座る作戦。
メロディは成功したと思ったが、
「ゆっくりでいいよ。お茶かコーヒーを貰って来る。メロディにお酒を勧めたくはないしね」
ヘンデルは立ち上がると部屋から出て行ってしまった。
「かわされた……」
メロディは悲しくなった。
酒を勧めないのは子ども扱いの証拠だと感じた。
やはりまだ駄目なのだろうかと思うしかない。
だが、待てない。これ以上待ちたくない。
今夜こそ。
そう思って来たのだ。
「頑張るのよ! 一生チャンスがあるわ! 諦めなければ!」
それが心から敬愛するヴェリオール大公妃リーナの教え。
だが、相手に迷惑をかけるのは駄目だとも言われた。
「迷惑だって言われたら……すぐに退散するから、もう少しだけ」
ポタリ。
涙が落ちた。
「あ……」
唐突に沸き上がった感情が涙を溢れされていく。
泣きたいと思ったわけではない。ただ、頑張ろうと思っただけだった。
なのに、なぜ涙が落ちるのか。
本当は無理だということをすでに自分が知っているかのようで、メロディはどうしようもなく悔しくなった。
「ヘンデル様……好きです」
せめて、綺麗に終わりたい。
そんな気持ちもどこかにある。
初恋は淡く切なく苦しいもの。そう描かれている恋愛小説は山のようにある。
メロディは自分の初恋もあてはまると思った。
現実は甘くない。ずっと難しく、厳しく、残酷だ。
それでも、誰かが描いていくものではない。
自分で描いていく自分だけの物語。人生だ。
メロディはこの恋の結末を知りたい。決めたい。自分の手で。
だからこそ、ただ待つだけの日々を重ねるようなことはしたくなかった。
「駄目ね。悲劇のヒロインに自分から志願するなんて。ハッピーエンドを目指して頑張るヒロインの方がずっと素敵だわ」
メロディはポケットからハンカチを取り出すと涙を拭いた。
「今夜はアピールしないと! 有能で努力家の跡継ぎになったことをね!」
メロディは気合を入れた。




