第2話 絶望との抱擁 2
今日でカイが施設に収容されて1週間、
ようやく訓練が開始される。
十数年前までは"授業"と言われていた。
世界情勢の変化に合わせて呼称だけが静かに変化したようだ。
カイは、久しぶりに他人と話す機会を得た。
ーーーこの1週間、部屋から全く出なかったか
らな......
カイは改めて自分の部屋を見渡す。
無駄に広い10畳ほどのワンルームには、生活に必要なものが全て揃っていた。
洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ等の家電はもちろん、風呂場、水洗トイレも完備されていた。
カイの大好きな少年誌や、哲学書、科学本なども用意されていた。
ーーーショーペンハウアーか、今の僕には刺さるな。
なぜ、小学生が哲学書を読んでいるか。
それは、カイがギフテッドと呼ばれる部類に入っていたからだ。
その為、学校の訓練はいつも退屈で哲学書を読み漁っていたのだ。
もちろん、休憩時間も。
ーーー決して、友達がいなかったからじゃない...はず
カイは心中で反芻した。
準備を済ませ、訓練所へ向かう。
カイは初対面が苦手だ。
何をしゃべろう、あーしよう、こーしよう、
そうした思慮を巡らせているうちに訓練所へ辿り着く。
訓練所内には40人ほどの男女が混在していた。
まるで大学の教場のような広さだ。
唖然としていると───
「ん、見ない顔だね、キミ名前は?」
赤髪のはつらつとした少女がカイに話しかける。
目は大きく切れ長で、漆黒の中に理知を備えている。
髪は腰まで伸ばし、後ろで結んでいる。大きなリボンが印象的だ。
カイはその瞳に少しだけ親近感を覚えた。
だが、この女子はモテる。
カイはそう確信した。
モテる女子は嫌いだ。
なぜなら
ーーー独占できないから。
まぁ、名前くらいは教えてやるか。
そう決意し、口を開こうと───
『━━━』
ーーーあれ?
どうしたんだ
言葉が出てこない。
カイはこの一週間を思い出す。
独り言すら発していないことに気づいた。
異常だ。
ーーーなぜ気づかなかった...?
酷く狼狽していると、
「ん?くしゃみでも出そうなの?」
少女が首を傾げながら怪訝そうにカイを見つめる。
『━━━』
相変わらず声帯が動作しない。
まるで金縛りにあっているようだ。
そうしていると、一人の男子が急に
「カイじゃないか!なんでこんな所に?」
声の方を振り向く。
『━━━ッ!』
一瞬頭がグラつく感覚に襲われる。
まるで頭の深い所に靄がかかっているようだ。
一呼吸置いた後、改めて声の主に視線を送る。
髪は短く切り揃えられている。
カイと同じ黒髪だが、より光を通す。
そして、特徴的なのは鋭くも、柔和な眼光。
カイはこの少年のことを、知っている。
「あ?カナ、タ?」
親友のよく通る声に釣られてようやく発声できた。
ーーーなんだったんだ、今のは...
そんな思考を一瞬で掻っ攫うかのように親友は話す。
「ドリィさん、こいつなんか失礼なことしたか?
こいつ昔から女子が苦手でさ、友達が俺と本くらいしか無かったんだよ。
ごめんな。」
ーーーこいつ...
デタラメ言いやがって。
後で覚えておけ。
カイは心中で悪態をつく。
ーーーこの子はドリィさんというのか。
いい名前だ。僕の脳内フォルダにしっかりと保存しておかなきゃ。
"モテる女子は苦手"という発言を忘れて、
カイは忘れまいと何度も繰り返す。
本能的に必要だと思ったのだろう。
優しい陽キャに養ってもらう陰キャの本能として。
「別にいいわよ。もしかして、ワタシが可愛くて緊張しちゃった?」
赤髪の少女は、上目遣いで言ってくる。
ーーー全く最近の子供は増せているな。
僕も子供だが。
本当にあざとい。こういう系の女子は苦手だ。
カイは心中で言いたい放題したが、
本能的に───
「はい!そうです!」
と元気良く答えてしまった。
条件反射である。
陽キャに飛びつく陰キャの本能である。
カイは
『可愛いのは事実だから間違ったことは言ってないよな?そうだよな?僕?』
と必死に本能を理屈で隠していた。
訓練所の子供たちがカイのことを一斉に見る。
「ふふっ、カイ君ってば面白いのね。私はドリィ・アイゼン。これからよろしくね。」
こうして、波乱の新生活が幕を開けた。




