第22話 秘密話
グラシィの目はどこか虚ろだ。
何かを思い出していたのだろうか。
しかし、碧眼に光が戻り始めるとまっすぐこちらを見て口を開いた。
「偉い人、いやモルト教官の命令でカイ君を試して……」
グラシィが言い淀む。
カイは、あの悲惨な訓練で何を試されていたのか、全く理解できなかった。
「試すって何を?」
カイはそれと同時に、いやそれ以上に気になったことが合った。
(グラシィにとってモルト教官は偉い人なのか……?)
カイの中のグラシィ像が歪み始めた。
グラシィがそれに気付く訳はなく、続ける。
「死の間際に瀕した時、カイ君が冷静になれるか試したんです。そこで私のカコンを……」
グラシィはまたもや言葉を詰まらせる。
(言いづらそうだな……というか、モルト教官はなんで僕を試すような真似を?)
カイの疑念は尽きない。
次いで、グラシィの代わりに他の人に説明を求めようと周りを見る。
ドリィはずっと従業員に拘束されていた。
何かあったのだろうか。
(ドリィはダメそうだな。というか、元々訓練に参加していないか。)
そういえばカナタがいない───
「本来ならお前は」
「わああっ!!」「ぬわああっ!!」
カイとグラシィは素っ頓狂な驚きをあげた。
「お前ら……二人の世界に入りすぎだろ。俺が補足する。」
カナタが呆れ声で話す。しかし、すぐに真面目な口調になった。
「本来ならお前は敵兵の前まで拘束せずに連れていく予定だった。その後拘束し、お前の様子を見てグラシィとお前のカコンを開示する。これが教官の狙いだったらしい。」
(なるほど。それが当初の狙いか。そういえばあの時───)
カイはモルト教官のぼやきを思い出す。
『やっぱり、お前は頭がいいな。全く、ガキどもが変なことを言わなければ……』
カナタは息を呑んで続ける。
「だが、他の子どもが双眼鏡についてお前に喋ったせいで計画は崩れた。それに対し、教官は機転を利かせた。当初の目的に加え、お前の精神を極限まで削って、逃げるか、冷静になるか"観察"した。特にこれは教官の性格が悪いんだが、当初は聞かせる予定が無かったレジャーパークとお前の命、どちらが優先されていたか"わざと"トランシーバーで大きくお前に聞かせたらしいな。」
(だからあの時異様に音量が大きかったのか……。趣味が悪い。いや、それよりも───)
「なんでモルト教官は僕の精神を削る真似を?」
「さぁ、そこは俺にも分からない。あの人は謎が多いからな。」
(モルト教官は何故か僕に興味があるよな。それにしても最悪な人間観察だけど。)
考え込んでいるカイの様子を見て、カナタが「続けていいか?」と聞いた。
その声でカイは我に返り、大きく頷いた。
「まぁ、お前の精神削りと、拘束する順序を抜いたらほぼ当初の予定通りだ。お前を敵兵の前まで連れていく。この状況に対してお前が冷静だったら架魂の開示、もし逃げようとしたら、他の奴らが全員お前に銃を向けて止める。こんな感じだった。」
「その場合僕は撃たれていたのか?」
「いや、拘束してヘリからお前を落とし爆破させる予定だった。まぁ、それは杞憂だったみたいだが。」
(いずれにしても僕は1度死んでたってことか……ん?今、カナタ笑ってなかったか?)
そんなカイの嘆きと疑問はつゆ知らず、カナタはそのまま続ける。
「俺もグラシィもこの計画には真っ向から反対していた。だが、お前の架魂を確認し、逃げない兵士に育て上げ、最終的に兵力として扱うにはこれしかなかったみたいだな。」
「こんな所でいいか?」とカナタはグラシィに問う。
グラシィは頭をブンブンと縦に振り納得する。
グラシィの黄金が激しく揺れた。
まるで揺れる金細工のような髪を横目にカイは考える。
(僕が兵力か。クレインクレイドルは裏社会とつながっている。これは確実だ。アメリカにも様々な"敵国兵"がいると聞くし……)
孤児を集めてポネラーを探す。
そうして兵力を国に提供しているのだろう。
しかしそんなことよりも───
(子供たちを戦争の道具にしか見ていないなんて!"命の価値"を何だと思ってるんだ!)
カイは怒りで両手を握りしめる。
顔もかなり強張ってしまった。
そんな様子を見て二人はフォローを入れてくる。
「カ、カイ君は頭が良くて、可愛くて可愛いから大丈夫です!」
「そ、そうだな。さっきも咄嗟の判断で、ドリィさんのカコンとグラシィのカコンを掛け合わせるよう誘導したしな。」
(二人とも急になんなんだ……というか、グラシィは僕のことを"可愛い"としか思ってないのか。ちょっと、いやかなりショックだ……)
カイはうなだれた。
それを見て二人は余計に慌てる。
そんな混沌とした状況を切り裂くように───
「もー、さっきからワタシ抜きで何を話してるの?」
ちょっとだけぷんすかしたドリィが戻ってきた。
従業員の拘束が解かれたのだろう。
「もしかして、ワタシのカコンのこと?」
「い、いや違うんだドリィさん、ちょっと過去の訓練の事でな。あはは」
カナタが誤魔化す。
「ふーん、そうなんだ」
ドリィは何故かジト目でカイとグラシィのことを一瞬睨んだ。
(え、僕また何かやらかした?)
カイは思わず身震いした。
「あ、あとさ、カナタ。あんたもワタシのこと呼び捨てでいいからね」
「え、それはさすがにちょっと……」
こんなに辟易しているカナタを見るのは初めてだ。
何か弱みでも握られているのだろうか。
「ワタシがいいって言ってるから、気にしなくていいのよ」
ドリィの目尻が少し優しくなる。
「う、うん分かったよ……ドリィ」
カナタは、最後だけボソッとドリィの名前を呼んだ。
それを聞いたドリィが、今度はカイを呼ぶ。
カナタと入れ替わるようにドリィのもとへ行く。
ドリィはすかさず耳打ちしてきた。
こそばゆい感覚に思わず奇声を上げそうになるが必死に足の指に力を入れ耐える。
「ねぇ、あの写真ずっと大切にしてくれる?」
「うっ、うん。もちろん」
一瞬声が裏返ってしまった。
カイはとても敏感なのだ。
「そ、ありがと」
しかし、ドリィは気にせず笑顔で答えてくれた。
カイはカナタとグラシィに聞かれていないか心配して後ろを振り返ったが、二人は頭に「?」を浮かべているだけだった。
カイはそれに安心して再びドリィを見る───
暇もなく腕を思いっきり掴まれる!
自分を連れたままドリィは走っていく。
だが、カイは今度は転ばなかった。
その速度に、歩幅に合わせるようにして走る。
後ろからカナタとグラシィの声が聞こえてくる。
「ドリィ、いきなりどうしたんだよ!」
「ドリィちゃんだけずるいです!」
どうやら二人も追ってきているようだ。
それに対し、ドリィは後ろを向き舌を出した。
ドリィと目が合う。
その優しい笑顔に少しだけドキッとしてしまった。
再び彼女は前を向く。
その瞬間───
靡く赤髪が夕日に照らされて余計美しく見えた。
カイはこの瞬間を二度と忘れないと心に誓った。
何があっても。
"何か"が合っても。
◆
ー同日、某所にてー
王はモニターを見ながら、二つの事実に憤慨していた。
一つ目は、自分の娘と抱き合っていた愚かで矮小で卑劣な男に対して。
二つ目は、自分の娘を危険な目に合わせた組織の人間に対して。
王は鈍色に輝く長い日本刀を持つ。
瞬間、その刀身がドス黒く染まった。
そのまま愚者に問いかける。
「遺言は」
王は、心臓をも凍らせるほど冷たい声で言った。
「あ、あ、アレは本当に事故だったんです!ぼ、ぼくはちゃんと点検しました!間違いないです!僕のせいじゃないぼくのせいじゃぼくはちが」
瞬間、王の眼前が赤で埋め尽くされる。
王は冷酷な声で言った。
「やはり、娘の赤に敵うものなど存在しない」
この言葉は、周囲の人間の心臓の鼓動を数秒停止させるには十分だった───
但し、一人を除いては。




