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クレイン・クレイドル  作者: 倉利来
第1部第5章:幸福は、流れる
21/25

第20話 幸福は、流れる

ドリィとの抱擁からの続きです。

ずるいぞ、カイ。

昼時、カイはタンパク質について考える。脱ガリガリを目指して日々努力しているのだ。


(ムキムキついでにできれば180cm以上になって、愚民どもを見下ろしたい……!)


しかし、カイの下卑た考えはカナタに遮られた。


「なぁ、お昼どうする?」


すると、ドリィが真っ先に反応する。


「うーん、ワタシはお寿司がいいかな。おと……いや、最近お豆腐ばっかりだから」


(どういう食生活をしてるんだ……?)


カイはドリィの抱き心地から全く想像できなかった。

次いで、究極の癒しボイスが聞こえる。


「お寿司がいいと思います!」


(相変わらず落ち着く声だなぁ。)


カイがその声に呆けていると、カナタがこちらを見る。


「お前はどうよ?」


その一声でカイの栄養分析が始まった!


(正直、タンパク質の含有量はステーキなどの赤身肉の方が多い。


だが、脂質の観点から見ると寿司は良質なオメガ3脂肪酸が豊富に含まれ───)


「おい、どうしたんだよ」


カナタの顔が急接近しカイは我に返った。


(おっと、いけない。ここは栄養よりも女子にいい顔を見せなければ。)


カイは息を呑み、そしてドヤ顔で答える。


「僕も寿司[が]いいな」


(フフ……恐らく、これで女子2人の好感度はMAXだろう。あえて、[が]を使うことによって、自ら寿司を望んでいる様に見せる作戦だ。)


相変わらず邪な考えをしているとカナタが、


「じゃあ、寿司[で]いいか」と[で]を使う。


(か、勝った……)


カイが人生で初めてカナタに勝利した瞬間だった。


カイは恐らく人生史上"2番目"に恍惚に満ちた表情をしていた。


■■■

昼食を終え、今度はショッピングモールを回る。


(と言っても、僕の買う物は無いかな。ポイントじゃ買えないものが欲しいし……お陰で毎月7万貰えるポイントも溜まってきてる。)


カイとカナタはほぼ女子たちの買い物───主に洋服店巡りに付き合っていた。

しかし、店の品物には上の空。

カイは昼食後の余韻に浸っていた。


(久しぶりの寿司は最高だったなぁ。毎日寿司でもいいくらいだ。)


アメリカでも日本食が沢山あることにカイは感嘆していた。

日米の共同法人だから当然ではあるが。


そんな思慮を巡らせながら次は化粧品店に入る。

すると突如───

目の前に興奮した様子の、黄金に輝く絹髪の少女が現れた。


(そういえばさっきのお昼、彼女の様子少しおかしかったな……)


■■■

「ドリィ、そのお皿とって」


「はいはい」


こう見えて結構食べるカイは、隣奥に座っているドリィに呼びかける。


「……あ」


気づいたら取りすぎてしまっていた。


「グラシィさん、これ食べてくれたりする?」


女子に頼むとはなんとも情けないことだが、カナタにくれてやるよりはマシだ。

するとグラシィは視線を落として───


「ぐ、らしぃです」


消えそうな声で言った。


カイは「ん?」と聞き返す。

その返しがトリガーになってしまったのだろう。


「グラシィです!」


少女はあの細い体から出ているとは思えない声で店中のガラスを震わせた。

カイは驚くよりも先に声が出た。


「う、うんグラシィさんはグラシィだね」


一方、他の2人は瞬きすらしていない。


すると、先ほどの威勢が嘘かのようにグラシィはもじもじし始めた。


「そ、そうじゃなくて。私も呼び捨てで構わないって、いうことです」


(……!?やったぞ!これで呼び捨てにする大義を得た!)


カイは笑みが溢れるのを必死に抑える。

そのせいでかなりぎこちない表情になった。

しかし、グラシィの前で気持ち悪い顔をする訳にはいかない。

カイは、目をキリッと見開き、まっすぐ彼女の方を見る。


「グラシィ、うん。これからそう呼ぶね」


今出せる全力のイケメンボイスで言った。

グラシィはその声に頬を赤らめる。


「はぃ……」


(これは完全に僕の声に照れているな!)


肝心なところで鈍感なカイであった。


■■■

(あの時のグラシィさ……いや、グラシィは意外だったな。見た目は大人しいのに、芯があるギャップが───)

「ん?カイ君どうしたんですか?私の髪ずっと見て」


カイの思考はグラシィによって突如遮られた。


「あ、いやごめん。何でもない」


「ほんとですか?カイ君もツヤツヤの髪キープするために、私のヘアオイル教えて欲しいのかなーって思ったんですけど」


グラシィはそう言うとカイの黒髪を撫でる。


(あ、ちょ……僕頭撫でられるの弱いんだよ……)


カイは思わずホカホカ顔になってしまう。

しかし、その光景を赤髪の少女は許さない!


「へぇ。カイとグラシィって頭撫で合う関係なんだ。ふーん!」


「ち、違います!カイ君の髪がツヤツヤすぎて……カイ君の髪が悪いんです!」


「えぇ!僕のせい!?」


カイはグラシィの理不尽さに困惑した。

しかし、グラシィの意見に納得するようにドリィも頷く。


「そうね。全部カイが悪いわね。行きましょ、グラシィ」


「はい!」


カイは二人の背を見ながら呟く。


「二人共理不尽だ……女子って本当に怖い」


思わず身震いしてしまう。

先ほどのホカホカ顔は遥か"彼方"へ行ってしまった。

そんなカイを親友、いや"カナタ"はからかう。


「どうしたお前。挙動不審だぞ」


「今僕は世の中の不条理に抗っているんだ……邪魔をしないでくれ」


「何があった」


しかしカイはその理由を話すことなく、自分の肩を抱きながら店を後にする。


「ハァ。おおかた、女子二人にでもイジられたって所か」


カナタもため息を吐きながらカイの背を追うのであった。


■■■

ショッピングモールでの買い物も終わり、外に出ると辺りは茜色に包まれていた。

気が付けば16時を回っている。あと1時間で閉館だ。


「ねぇ、最後にみんなでアレ乗りましょうよ!」


ドリィが指を差す方向を見る。

すると───

夕暮れに照らされた神々しい大車輪がそこにはあった。

そう、観覧車だ。


(うそ、だろ……?あぁ、マジで青春だ。こんな日が訪れるなんて!)


カイはまるで宝物を見つけたかのような顔をする。


(幼なじみ4人と、ダブルデートで、観覧車に乗れる……!こんなのラノベの世界でしか見たことがない!)


最後以外は全て嘘である。

カイは思わず興奮気味に「乗ろう!」と叫んだ。

目は恐らく血走っていたであろう。



幸いなことに、空いていたお陰で4人すんなり乗れた。

荷物は下に預けているので空間を広々と使えている。

小窓からは夕日が差し込んでいて幻想的だ。

カイは夕日に照らされる美少女を見たくて、

目の前にいるグラシィの方を向く───


(うわっ!なんだこれ!もはや目くらましじゃないか……!)


しかし、その輝きに思わず目を背けた。それもそのはず、グラシィの髪は夕日を受けて

黄金に輝いていたのだ。


「グラシィ、あんた髪すごいきれいよねぇ」


「えへへ、そうですかね……」


ドリィがグラシィの黄金を掬った。

そのせいで余計輝きが増す!


(なんで他の二人は平気なんだよ!うっ、目がぁ!目がぁぁ!)


カイは思わず"歴史的"映画の某大佐のように目を覆ってしまう。


「どうしたんだお前。さっきから挙動不審だぞ。まぁ、いつもだけど」


「今回ばかりはみんなの方が挙動不審だぁぁぁ!!」


カイの叫びが籠の中でこだまする。

その頃、観覧車は───

頂点へ達していた。


もうじき、眠りにつこうとしている太陽が4人を照らす。

映し出された4つの影は長く、ただ長く伸びていた。


カイは窓を───その影を見ながら、"幸福"について考える。


ショーペンハウアーは言った。「人生は不幸の連続である」と。


不幸がカイの通常運転であることは確かだ。

だが、今日は幸福という名の"事故"を起こしている。

それは間違いない。


ここ最近辛いことが起こりすぎていた。

そのせいだろうか。

あるいは神があわれんで、救ってくれたのだろうか。

こうして今日は全て上手くいった。


カイは今日の出来事を振り返る。


(ドリィとも仲直りできたし、グラシィの事は呼び捨てにできたし……まぁ、カナタとは相変わらずだけど。)


カイは改めて手に入れた幸福を噛み締めていた。


(辛い日々の中で幸福を感じることが、僕の生きる意味になれば───)


『甘えてんじゃねぇ。お前の生きる意味は一つだけだ。』


その"何か"の声で噛み締めた幸福が散ってしまった。


(ッッッ!なんなんだコレは!今までと違う"何か"が頭の中に……)


カイが苦悩している中、突如カナタが声を上げる。


「ん……?なんか焦げ臭くないか?」


カイはその声で我に返った。

言われてみればたしかに焦げの臭いがする。

カイも鼻が良い方だが、今回ばかりはカナタに遅れをとった。

"何か"のせいだろうか。


(先を越された……!悔しい。)


いや、そんな場合では無い。

熱い。

謎の熱さを感じる。

ふと辺りを見回す。

気付けば周囲は、夕日よりも遥かに濃い赤に囲まれていた。


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」」


女子2人の悲鳴がこだまする。

どうやら、カイは火災という名の本当の"事故"に巻き込まれてしまったようだ。


■■■

(クソ!点検士は何をやっているんだ!)


そんなことを考える余裕もなく、炎は籠全体に燃え広がる。


「煙を直接吸うな!布を口に当ててしゃがめ!」


カナタは相変わらずこういう時に頼りになる。

しかし、運の悪いことに火災が発生したのは上空を少し過ぎた後。

降りるまでには時間がかかる。


火がどんどん燃え広がってきた。

少し気分が悪い。

このままでは一酸化炭素中毒になってしまう。

カイは死んでも大丈夫だが、他の皆はそうではない。


(クソ!どうすれば……)


思考を巡らせたカイの頭に地図が浮かぶ。

入口で見た記憶が役立った。

ここの観覧車は水辺の近くだったはずだ。

グラシィのカコンを自分にかけてもらえれば、成人男性以上の腕力は出せるだろう。

そのままみんなを投げ出せば───


(はは、僕はまたバカなことを考えてるな。ドリィにまたビンタされるかな。そういえばドリィは……)


「ッ!!」


彼女は必死に両方の手のひらから製氷機程度の氷を出していた。

そんなことをしても焼け石に水、いや氷だ。

それよりも───


(なん、で……ドリィはポネラーだったのか?しかも珍しい動異型……いや、でもこれは使えるかもしれない!)


カイは持ち前の頭の回転を生かす。


(カコン、カナタの視力、ドリィの氷、グラシィの強化……そうだ、グラシィのカコンだ。彼女にドリィを見つめてもらえれば!)


カイは、グラシィに目線を送る。

グラシィはその目線に反応して強く頷いた。

どうやら意図は伝わったようだ。


だが、その表情はどこか憂いを帯びているように見えた。

グラシィは曇ったような碧眼でドリィを見つめる。

彼女の両目青いの宝石が力強く輝き出した。

瞬間───

ドリィの体が青白く輝き、そして消えた。


「……!?」


カイは酷く混乱した。

それも当然だ。

記憶力の良いカイはグラシィの言動を覚えていた。

たしか、グラシィのカコンは───


『わ、私は見えてる人の身体能力とカコンを強化できます。1人だけですけど……』


こう言っていたはずだ。

透明にするなんて聞いていない。


(僕は、信じた相手にまた嘘をつかれていたのか……)


カイは再び、心に闇が生まれた気がした。

だが、カコンの強化は確実だったようで、ドリィの氷は明らかに大きくなっていた。


本人は透明になっていて見えないが。


繰り返し氷塊が射出される。

籠全体が氷に覆われた頃、観覧車は上空10mほどの所で停止した。


扉枠から下を見ると、係員が手を振っている。

エアバッグを用意してくれたみたいだ。

皆の安堵したため息が聞こえた。

それと同時にグラシィのカコンが解かれ、ドリィの姿が見えるようになる。

カナタはその様子を確認すると即座にドリィの手を掴んだ。


「ひとまず何とかなったな。よし!ドリィさん、行くよ!」


「ちょ、ワタシはカイと───」


ドリィの訴えを無視してカナタは飛び降りる。


(アイツ、なんであんなに必死なんだ?もしかしてドリィのこと……)


「カ、カイ君!私たちも行きましょう!」


グラシィの一声でカイは我に返った。


「う、うん。手、絶対離さないでね」


グラシィは強く頷くと迷わずカイの手を握りしめる。


(すべすべだ……)


カイはグラシィのすべすべ度に驚いた。

ドリィもかなり触り心地が良かったが、それ以上だ。

思わず放心してしまう。


「……?カイ君、どうしたんですか?」


グラシィの碧眼が不安で揺れる。

その瞳で正気を取り戻した。


「あ、ご、ごめん!それじゃあ行くよ?」


カイはグラシィの手を引いて飛び出す。

夕日を受けてその姿が照らされた。

まるで映画のワンシーンのようだ。


そのままエアバッグに落ちる。

感覚は案外ふわふわしていて気持ちが良かった。


だが、その余韻に浸る暇もなく立たされてしまった。

そのまま泣きそうな係員の謝罪表明を聞かされる。


「本当に無事で良かった……ごめんね、ごめんね。」


カイはその謝罪を全くもって聞いていなかった。

何故ならば───


(さっきは忘れてたけど、グラシィのカコンについて聞かなきゃ。でも、怖いな……)


カイは再び弱気になってしまった。

しかし、そんな自分はもういらない。

あの、太陽のような存在が気付かせてくれた。

今度は自分で頬を叩いて、鼓舞する。


(いや、僕はもう絶対に友人から逃げない!ドリィが気付かせてくれたじゃないか!)


カイはもう以前とは違う。

彼の薄紫の瞳には燃えるような決意が宿っていた。

それを更に鼓舞するかのように、背中を夕日が照らす。

そのまま、深海の瞳を真っ直ぐに見つめて問う。


「グラシィ、君の本当のカコンってなんなんだ?」

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