第17話 一男戻りて一女は去る
前回のシーンの回想からです。
『あぁ!もちろんだ!俺はカイの為だったらなんだってするぜ!』
あの時のカナタの笑顔がいつまでも目の裏に焼きついている。
目を閉じれば鮮明に思い出せるほどに。
その笑顔は"自分"以上の不気味さがあったような気がする。
目の輝きは消えどこか遠くを見ているような、だが確かにそこにいる。
そんな矛盾を孕んだ異質さがあった。
だが、何はともあれカナタとの仲は修復できたはずだ。
歪で、不安定な鎖で繋がれているが。
あの時の"自分"はカナタと硬く手を結んだ。
なぜかはあまり覚えていない。
それもそのはず、思い返せばあの瞬間の"自分"は素直……いや、異常だったからだ。
普段は素が出るのが怖くてペルソナを被っているのに。
そう、"自分"は両親にも素を見せたことは殆どなかった。
だからこそ思う。
その仮面が剥がれていた"自分"こそ、
もしかしたら本物であるのかもしれないと。
■■■
ドリィにぶたれて、あるいはカナタと仲直りして、数週間が過ぎた。
過ぎたのだが、以前よりも訓練所の居心地が悪くなっている。
その理由は───
「ねぇ、カイ君ってドリィさんの事泣かせたんでしょ?」
「しかも、ドリィさんのこと呼び捨てだし」
「マジかよ!俺だったら眩しすぎて呼び捨てになんてできねぇぜ!あいつやべぇな」
「綺麗な顔してるのに心はすごい鬼畜なんだね、カイ君」
「オ、オデのカナタとイチャつきやがって……」
相変わらず男子にもモテまくっているカナタは置いておいて、同級生と目が合うたびに、ひそひそひそひそ。
なにかと耳が良いカイには全て聞こえていた。
「僕は繊細なんだ。豆腐メンタルなんだ。ライフはゼロなんだ……」
カイは耳を塞ぎながら机に突っ伏した。
そんなカイを見て、カナタが心配する。
「なぁ、カイ。マジで気にしなくていいからな。俺もアイツらに後で言っとくから」
カイはその慰めを聞いて顔を上げた。
「そんなこと言われても無理なものは無理!」
折角のカナタの気遣いを無視するように主張した。
その理由は自分の記憶力のせいだ。
言われた言葉は全て覚えている。
その言葉を繰り返し思い出し、勝手に自分で傷ついている事が多い。
無駄だと分かっているが、決して心の声は止まない。
(今の僕は不幸だ……)
"不幸"についてカイは意図せず考えてしまう。
いや、この状況だ。
考えざるを得なかった。
カイの好きな哲学者の一人であるショーペンハウアーは言った。
「人生とは苦と虚無の往復である」と。
彼によれば、不幸こそ"通常運転"で、幸福こそ人生の"事故"だったようだ。
その言葉を思い出した今なら理解できてしまう。
両親の死も。
あの裏切りの訓練も。
ドリィからのビンタも。
自分はずっと当然の不幸の側にいた。
だからこそ、両親との時間も。
カナタとの再会も。
ドリィとの会話も───
事故のような幸福だった。
今までが幸福すぎた自分にバチが当たったのかもしれない。
だから、不幸という通常運転に引き戻されたのか。
頬杖をつきながらそんな物思いにふけていると、突然、赤髪の美少女がこちらへスタスタとやって来た。
「───ッ!」
カイは当然のように目を伏せる。
用事などある訳が無いからだ。
ところが、彼女はいつまで経ってもカナタと会話しない。
(おかしいな……)
カイが疑問に思った直後───
ダァン!!
大きい音がカイのデリケートな鼓膜を震わせた。
彼女が壁ドンならぬ、机ドンをしたからだ。
カイは驚いて顔を上げる。
すると、眼前には漆黒の瞳を尖らせ、切れ長の目じりを思いっきり吊り上げた少女がいた。
「ねぇ、なんで避けるの?」
「な、な、なんでって、そりゃ……」
カイは産まれたての小鹿のように体と唇を震わせながら言った。
カナタがそれを見て「ドリィさ……」と言いかけた直後、彼女は、一枚の薄っぺらい紙切れをぶっきらぼうにカイに提示してきた。
「これ、あと二人誘って。次の休み、絶対空けて。来なかったら次は……蹴るから」
(おい、なぜ僕の股間を見つめているんだ……)
思わずカイの二つの大事っこがヒュンとなってしまう。
(いや、それよりもこのチケットは……)
カイは恐怖を覚えながらモルト教官の言葉を思い出す。
『あー、今日は話していた通り、地雷除去の訓練を行う。んー、危険も伴うが、帰ってきた暁には
あー、レジャーパーク一日行き放題チケットが配られるから頑張れよ』
あの後、本当に全員に配られた。
他の訓練所でも配られたらしい。
まさか、モルト教官が嘘をつかないなんて。
あの時は驚きすぎて、しばらく瞬きができなかった。
(それは今も同じか……)
「ねぇ!聞いてるの!」
ドリィが思いっきり顔を近付けてくる。
彼女の良い匂いが気付けになったのか知らないが、返答することができた。
「う、うん」
「そ、分かったならいいわ」
そう言うとドリィはスタスタと自分の席に戻っていった。
(こんなにも暴君だったとは……)
彼女は気遣いができると思っていたが、実はそんなことはなかったのかもしれない。
そして、相変わらず男子からの殺意ある光線が痛い。
別にドリィと仲良く会話していたわけではないというのに。
カイの逃げ場はどこにもなかった。
二つの、宝石のように価値のある丸宝を守るためにも、これは流石に従うしかないだろう。
(でもカナタは確定として、あと一人は誰を誘えば……)
「お、俺を誘わないなんてことはないよな?カイ?なぁ?」
(あ、こいつやっぱり誘うのやめようかな。)
「僕、しつこいやつ嫌いなんだよね」
「そ、そんなぁ……」
(デジャブな反応だなぁ。)
カイは茶色い目をした中年を思い出した。
まぁ、父なのだが。
「はぁ……僕がカナタ以外の男子と話したことないの知ってるでしょ?」
「わ、わるい」
「おい、そこは謝るな。僕が惨めじゃないか」
カナタが頭をポリポリと掻く。
カイはそれをジト目で見ながら他の一人について候補を探す。
(どうしよう……クラスには仲良い人誰もいないし……かといって他の訓練所にも……)
カイがぶつぶつ口を動かしていると、カナタが当然のように口を開いた。
「おう、じゃあ俺は確定として後はグラシィだな」
「あひょん」
カイは今世紀最大に間抜けな声を発した。
昨日食べたラーメンが今日も美味しく感じるとは限らない。
そんな風に幸福は流れていくという章です。
ですが、美味しかったという記憶は残ります。
そんな幸せな思い出を日々大事にしていきたいですね。
ちなみに著者は、最近二郎系が受け付けなくなってきました。
食べれていた頃は幸せだったなあ……




