第13話 枯草と太陽
悪夢のような訓練から数週間が過ぎた。
孤独の、いや地獄の日々が続いた。
うんざりとした記憶を思い出しながら制服に着替える。
「あの訓練以来、カナタとは一度も話していないな……」
座学は基本一人で受けているから問題はない。
得意であるのも理由の一つだが。
しかし、実践等の合同演習は───
正直かなり苦労した。
その理由は、もちろんペアがいないからである。
周囲は自分には見向きもせず、カナタばかりを気遣う。
普段から周囲に話しかけていない、いや、話しかけれない自分も悪いのだが。
そんなことは関係なかった。
カイの、カナタへの憎悪は日に日に増すばかりだ。
まるでどこにも居場所のない枯れ草、それもドス黒く枯れた雑草のような日々を過ごしていたが───
『カイ君!一緒にペア組も!』
突如、日輪のような少女が話しかけてきた!
「ドリィさんには感謝してもしきれないな……男子からの視線は怖いけど。」
ドリィは人気者なので、そういった注目を集める人物から話しかけられると、どうしても視線を集めてしまう。
もちろん、嫉妬の類であると思うが。
カイはドリィとの思い出に浸りながら、服を着替え終わる。
そのまま、一抹の───
いや多くの不安を抱えながら部屋を出た。
■■■
雪目になりそうな、どこまでも続く白い廊下を歩く。
ふと目を閉じると、残像とともに今日の訓練内容が脳裏をよぎる。
「今日は地雷除去か……正直、危険すぎてやりたくない。」
だが、逆らえばどうなるかは身に染みて分かっている。
否応なしに、分からせられた、といった方が正しいだろうか。
周囲も日に日に減っていく人数を見て察しているようだった。
改めて組織の残酷さを認識し、足が震える。
だが、悠長にしていられないので必死に実技場へ足を進める。
とてつもない牛歩ではあるが。
到着したと同時に重苦しい扉をカードキーで開けると───
「あー、今日は話していた通り、地雷除去の訓練を行う。んー、危険も伴うが、帰ってきた暁には
レジャーパーク一日行き放題チケットが配られるから頑張れよ」
相変わらず間の抜けた声でモルト教官が訓練の説明を行っていた。
(やべ、遅刻してたか……)
定刻通りに部屋を出ていたと思っていた。
しかし、考え事、主に不安についての思慮をするあまり足が止まっていたようだ。
「あー、あと念の為ナイフとかの基礎装備も……って今来たのかよカイー、遅いぞー」
「ご、ごめんなさい」
カイは震える声で目を伏せながら言う。
以前の威勢は微塵も残っていなかった。
周囲の笑える声が聞こえ余計に萎縮してしまった。
「んー、まぁいい。お前は着いたら着替えろ。よーし、これで全員揃ったなー。バスに乗りこめよー」
その言葉がカイの既視感を掘り起こさせる。
「この状況どこかで───」
刹那、カイの脳を苦痛の記憶が容赦なく襲う。
体が鎖で雁字搦めに縛られた。
「ッ!!!足が1歩も動かない……呪いでもかけられたっていうのか!」
そんなカイの苦悩を気にもせず、気付くわけはなく、カナタは迷わず乗り込んでいた。
「クソッ!なんでアイツは何事も無かったみたいに!僕はあれだけ苦しんだのに!」
カイは怒りを込めて鎖に抵抗する。
だが、全く身動きがとれない。
脳が送る電気信号を体中の筋肉が拒否しているようだ。
しまいには手足が震え、呼吸が乱れる。
今にも世界がぼやけ始め、遠く───
「もう、カイ君、ワタシが近くにいるからってそんな緊張しなくていいのにぃ」
突如、ドリィがひょっこり顔を出し、あざとい笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「いや、ちが……」
カイが反論しようとした刹那──
その鎖が解き放たれ、まるで、花畑に包まれたように安堵した。
(な、なんだったんだ……でも、とりあえずドリィさんの勘違いのお陰で動けるようになったぞ……不本意だけど。)
安堵したのも束の間。
ドリィは強引にカイの手を引くと「いこ!」と、眩しい笑顔を向けながらバスへ連れていった。
平時ならためらうはずだが、今回は違った。
彼女の足に自然と体がついていく。
カイは心の奥底で『ありがとう』と呟いた。
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ドリィに手を掴まれながらバスに乗り込み、カイは隣に座った。
隣人がいることに安堵したのも束の間───
男子からの痛烈な視線で我に返る。
カイの脳が反射的に狙われた草食動物のように覚醒する!
(よく考えたらこの状況、周りから恨まれても仕方ないじゃないか!)
「あ、あのドリィさん」
「もー、普通に呼び捨てでいいわよ、カイ」
カイは、先程の脳の覚醒が嘘かのように穏やかになった。
それもそのはず、カイは父の影響でグイグイ来られると冷めるタイプなのだ。
カイは極めて冷静な口調でドリィに問いかける。
「じゃあドリィ、なんで僕の隣に座ったの?」
ドリィが嬉しそうにこちらを見て話す。
「んー、なんとなく?カイって他の男子と違って威圧感ないし、それに……」
終わりにかけて段々と言葉が尻すぼみになる。
カイは気になったが言及しないことにした。
それ以上踏み込む勇気がなかっただけだが。
そんな小事を経て、バスが出発する。
■■■
普段なら騒がしいはずだが、今日のバスは妙な静けさに包まれていた。
地雷除去訓練と聞いて緊張しているのだろうか。
だが、そんな静寂をものともせずドリィが切り出す。
「あのさ、カナタ君となんかあったの?」
ストレートな質問にカイは一瞬戸惑う。
だが、同時にこの質問はカイにとってはありがたかった。
他人に、ドリィのような太陽に気遣ってもらえるのは暖かさを感じる。
誰も気遣ってくれなかったせいか、その暖かみは段違いだ。
「やっぱり雰囲気で分かっちゃうよね……気を遣わせてごめん。」
カイは、ドギマギしながらあまり目を見ずに精一杯の感謝を伝えた。
するとなぜかドリィは不思議そうに返した。
「あ、いや謝らなくていいの。ただワタシにできることがあればいいなって」
(謝った、だと……?)
カイは、自分の感情とは裏腹に謝罪が出ていたことに衝撃を覚えた。
母の言葉が自然と脳裏に浮かぶ。
『もう、すぐに謝るんだから。そんなごめんごめん言ってたら、こっちも謝りたくなっちゃうわよ』
懐かしい思い出に安堵しようとしたのも束の間。
『───んは、───に───ね!』
突如、脳が"誰か"の靄に支配された。
「……ッッッ!!!」
(一体なんなんだよ!!僕の中に誰かいるとでもいうのか……?)
ドリィは、頭を押さえるカイを心配そうに覗きこむ。
「……カイ?車酔いでもしたの?」
カイはそれを受けて声を絞り出した。
「だ、大丈夫。僕こう見えて、乗り物強い方だから」
「そう?」
嘘である。
カイは母親の遺伝で乗り物に滅法弱い。
前日の睡眠時間にもよるが。
そんな些細なことは気にせず、ドリィは続ける。
「あ!そういえば第二訓練所の───ちゃんがさ……」
カイが誰かに自然と"ありがとう"を言える日は来るのだろうか。
ドリィはカイの性格を鑑みてか、よく話してくれる。
心のざわめきが少しずつ消えていくのが分かった。
リラックスしている状態の時間感覚はあっという間だ。
気付けば───
「おーい、到着したぞー」
今回はしっかりと乗車していたモルト教官の呼びかけが聞こえた。
子供たちはぞろぞろと、気だるそうに降車する。
モルト教官のオーラでも移ったのだろうか。
カイもドリィに続いて降りる。
(今回は手を繋いでくれないのか……少し残念だな。)
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カイが物陰で軍服に着替え、集合場所に戻ると唐突に───
「あー、このアーリスって機械を使って地雷探知するぞー」
モルト教官はそう言ってバスの腹から次々機械を取り出す。
「んー、じゃあ、めんどくせーからバスの隣のやつとペアな」
「相変わらず適当な人だな……」
カイはモルト教官の白髪混じりの頭を見ながら呟いた。
「だけどこれは嬉しいな、僕にとっては好都合だ。ありがとうモルト教官。」
カイはこっそり感謝を伝える。
面と向かっては絶対言えない。
カイはモルト教官の白黒より、もっと身近な赤を振り向こうと───
(ん?今カナタがこっちを見たような……?そんな訳無いか。見る必要が無いもんな。)
カイは気を取り直してドリィの方を向く。
「よ、よろしく」
「ん、よろしくね」
ドリィは芍薬にも似た華やかな笑顔で答えてくれた。




