第11話 萌芽する何か
カナタ、カイ、グラシィの順でヘリコプターにゆっくりと乗り込む。
そのまま、誰も口を開かずにヘリコプターは出発した。
上空へ達する頃、カイはふと家族で北海道に行ったことを思い出した。
いや、思い出す他なかった。
辛い現状を埋めるための防衛本能だろうか。
『───!みて!あんな───!』
直後、電撃に撃たれたようにノイズが脳内に迸る。
「ッッッッ!!!なんなんだよ、これは……」
思わず頭を抱える。
すると、左にいるグラシィが心配そうにこちらを見ているのが横目で分かった。
だが、後ろめたさからか口を開こうとしない。
カイはそれを察して「大丈夫だよ」と優しく答えた。
それに反応したように、グラシィの表情が穏やかになった。
そんなやり取りを経て、話すタイミングを悟ったのかモルト教官は口を開く。
「カイ、なんであいつらが双眼鏡のことを知っていたかわかるか?」
「はい。恐らく僕が武器庫で取るように最初から誘導されていて、全員知っていたからだと思います。
僕が……自爆するまでの生存率を上げるために。」
カイは自分の言葉に深い怒りを抱いた。
(クッ!全部、掌の上だったんだ……)
それを聞くとモルト教官は感嘆したように口を開く。
「やっぱり、お前は頭がいいな。全く、ガキどもが変なことを言わなければ……」
カイはその続きを聞く気力がなかった。
しかし、"ガキども"という言葉に反応する。
(そういえば他の子供たちは……?)
カイの疑問に応えるように、グラシィが透き通るような声色で話した。
「あ、あの他のみんなは……?」
カイは心の中で密かにグラシィに感謝した。
だが、その質問で沈黙が訪れる。
カイは疑問に思い、周りを見た。
カナタは右の窓から遠くを見つめている。
グラシィはその碧眼を揺らして不安そうな顔をしていた。
次いで操縦席を見る。
モルト教官が頭を掻いたのが見えた。
そして───
「あー、言いづらいんだが、全員死んだ」
その直後、ヘリのエンジン音がやけに大きく響いた。
それが自分の思考を鈍らせる。
(あぁ、そうか死んだのか。これで溜飲が下が……は……?)
その思考が急に止まる。
今、目の前の中年はなんて言ったのだろう。
耳が言葉を拒絶し、脳が理解を拒絶する。
だが、それは時間が経つにつれて吸収されていく。
全身の体温が下がる。
先程までの暑さが嘘のように。
「なん、で……?」
気づいたら声を絞り出していた。
「あー、上の命令でな。今回の訓練はお前ら3人以外捨て駒だったんだよ」
それを聞いた瞬間、呼吸が浅くなる。
心拍数が上がる。
手に汗が滲む。
上というのは誰なのだろう。
学校でいう、校長みたいなものか。
いや、アンベートだ。なんでそんなことを。
(わからない、わからないわからない、わからないわからないわからない───)
理解できない倫理観を見せつけられ、とめどない激情と疑念が胸中から溢れ出る。
自然と拳に力が入る。
全身が震える。
先ほどとは違う、恐怖や悲哀の震えではない。
間違いなく、それは憤怒であった。
次の瞬間───
胸の中で何かが静かに切れた。
シートベルトが千切れる勢いで操縦席に迫る。
「ッ!あなたたちは人の命をなんだと思って!」
掠れた声で叫んだ。
いや、もはや叫びとは呼べなかった。
「カイ、よせ」
カナタに制止される。
抵抗するも、強い力で全く身動きができない。
その様子を見て、モルト教官が再び話し始める。
「あー、今回の訓練はレジャーパーク?だっけ、それで釣って使えるガキたちを集めたのよ」
真面目になったのだろうか、あるいは元々話す内容を考えてきたのだろうか、今度は言い淀むことなく、モルト教官は続ける。
「それでさ、お前ら以外集まったのが架魂無し、実力無しだと上に判断されたらしいな」
「───ッ!それがどうしたんですか!」
カナタに再び抑え込まれるが、必死に抵抗しながら声を絞り出す。
「お前もこの組織を肯定するのか……お前も人殺しの仲間だ!」
カナタは動揺の欠片も見せない。自覚があるのだろうか。
モルト教官が「あ、いいかー」と続きを語りたがる。
カナタは冷静な声で「続けてください」とだけ言った。
「まぁ、その無能ぶりに呆れた上が、組織にいらないから消せって。いやー今日の軍服に爆弾ついてたの気付かなかったんだな」
「ハハハハッ」と呆れた笑いをモルト教官は漏らす。
それを聞いたカイの拳がより一層強く握りしめられる。
意図せず、唇も強く噛んでしまう。
両方から軽く出血してしまった。
「後は、全員お前らから逃げてほくそ笑んでる所を───
ドカン!っていう感じだ。あー、聞いたと思うがカナタとグラシィは上の命令で配置しただけだからな」
怒りと、無力さで震える。
震え続ける。
自分も人を殺した。
仕方がなかったとは言え、殺した。
だが、殺すべき対象だったのだ。
なぜなら向こうも人殺しだったから。
だからこそ走り続けた。
命を持って、穢れた命を祓うために。
だが、子供たちは何も命を汚していない。
咎められるとしたら、自分を"殺そうとした"ことくらいだ。
(まさか、クレインクレイドルがここまで腐っていたなんて……)
表向きは孤児たちを集めて、慈善活動をしているように見せかけている。
しかし、その実は完全実力主義の血も涙もない組織。
あまつさえ自分を───
いや、子供たちを兵器利用しているとは。
その事実を理解した瞬間、カイの胸が冷たく締め付けられた。
叫ぶ力が残っていない代わりに、締め付けられた胸中で強く決意する。
(僕は、人殺しを……許さない!)
その気持ちを代弁するかのようにグラシィが呟いた。
「……み、みんな命があったのに」
次の瞬間、ガラスを割るような声がヘリコプター内に響き渡った。
「み、みんな大切な命があったのに!架魂が全て!実力が全て!それで……それだけで殺す!それがこの組織のやり方なんですか!?」
その声が、カイの胸の苦しみを和らげる。
自分の怒りを代わりに叫んでくれたのだ。
一方、周囲は彼女の覇気に息を呑んだように見えた。
儚げな少女から出る声ではないので当然だが。
モルト教官はその覇気を受けて濁さず話す。
「あぁ、そうだ」
グラシィは美しい目を見開き、黙ってしまった。
モルト教官は淡々と続ける。
「だが、お前らに周知する方法はない。家族もいない。外に出ることは訓練以外決して許されない。
もうお前らはゆりかごの中───」
「いや、檻の中なんだよ。」
その言葉はカイを再び絶望に引きずり込んだ。
家族との別れ、親友の裏切り、そして、組織の闇。
カイは生まれて3度目の絶望を味わった。
ヘリコプター内を冷たい、静かな空気が覆う。
カイは意図せずその空気を呑み込んでしまった。
それと同時に、耐え難い非情な現状がその身を襲う。
なぜ、神は自分に残酷なカコンを与えたのだろうか。
なぜ、生きることはこんなにも辛いのだろうか。
なぜ───
(世界は、僕からすべて奪うんだ……!)
それを自覚した瞬間、胸の中で"何か"が疼く。
その疼きを遮るようにモルト教官が口を開いた。
「あ、あとな、お前の架魂なんだが」
(僕が今必死に絶望を堪えているのに、この人は……!)
カイは苛立ちのせいか、話を遮るようにつっけんどんに言う。
「知ってます。死なないんでしょ?詳しくは死んでから生き返る、だと思いますが」
「あー、そうだな。ちなみに分かってると思うが、動異型だ。喜べよ。ハッハッハ」
動異型とはいえ、強くもなんともない架魂だ。
嬉しいわけがない。
(それよりも、僕の架魂をどうやって知ったんだ……)
知っていなければ死ぬ前提の訓練をしなかっただろう。
しかし、その疑念はモルト教官に遮られた。
「あー、加えて今日の訓練でもう一つ分かったことがある。これを見ろ」
突如、頭上からモニターが降りてくる。
そこには自分を扇形に取り囲むようにする敵兵の姿が映っていた。
「これはドローンにカコンレーダーっていうのを取り付けたやつなんだがな」
モルト教官は続ける。
「この観測機は、カコンの効果範囲を調べられる。だが、それに加えてお前用に少しアレンジしたんだ。」
自分の周囲に効果範囲が表示されている。
それも、敵兵をすっぽりと覆い隠すように。
加えて、頭上には"1"という数字が出ていた。
「何の数字だ……?」
カイの疑問にモルト教官が答える。
「あー、それがお前用に加えたアレンジだ」
(僕用、そして数字……ダメだ。全然分からない。)
混乱しながらモニターを見つめていると、
突如酷い爆風と砂煙で何も見えなくなった。
故障したようにも思えたが、徐々にノイズが消えていく。
瞬間───
自分の姿と共に"22"という数字が出てきた。
(そういえばさっきの敵兵の数は……)
その意味を理解した瞬間、胸の"何か"が呼応して
強く動いた音がした。
自分の存在価値を、生きていく意味を肯定するように。
「どうやらお前のカコンは、周囲で死んだ人間の分、残機を増やせるみたいだな」
世界は、自分を見捨ててなどいなかった。




