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終わりのない夜明け

 ――殺せ。

 ――壊せ。


 ――燃やし尽くしてしまえ。


 何時間経っただろうか、ラガルの頭にはそんな声がずっと響いていた。

 エンルフは頷くように頭を動かして、しきりに呻いている。

 時間のわからない暗闇にいると気が狂いそうだった。

 もう、気の狂っているエンルフには関係ないことだったが、ラガルはまだ頭が冴えていた。


(まだか。)


 ラガルはそのときを今か今かと待つ。

 約束が果たされないかもしれないという不安に、今になって襲われた。

 吊るされた手足が辛い。

 体が痛んで悲鳴を上げる。


 変わらない時間に精神が悲鳴をあげそうになったとき、暗闇に一筋の光が舞い込んだ。

 久方ぶりの光にラガルは目を細める。


 僅かに開いた扉の向こうには、黒いローブの人物が小さなランタンを持って経っているのが見えた。


「待たせましたね。」


 その声はソラスだった。

 ラガルは内心ほくそ笑むと、扉に入ってくる人影に声をかける。

 猿轡が邪魔をして言葉にならなかったが、ソラスはエンルフに近づいた。


 その背後に僅かに背の低い人影が見える。

 大きな腹を抱えるその女が誰だかすぐにわかった。


「うー‼︎」


 イリフェルの名を呼ぼうとして、唸る。

 繋がれた鎖が音を立てた。

 すかさずソラスは人差し指を立てる。


「……静かにしてください。」


 ソラスの言う通り大人しくすると、彼は懐から鍵を取り出してエンルフの鎖を外した。

 最後に猿轡を外されると、大きく呼吸をして目の前の女に抱きつく。


「イリフェル!」

「エン……ルフ。」


 ポロポロと涙を流すイリフェルに、笑みを浮かべる。

 随分とやつれた様子の彼女に、いったいどれだけのことがあったのか想像は難くない。


「生きてるって信じてた。」


 イリフェルはそう言うと、エンルフを抱きしめる。

 お互いにひとしきり再開の喜びを分かち合ったところで、ソラスが入り口を示す。


「早く行きましょう。」


「待て、首輪は。」

「……その首輪は私には外せません。」


 首輪を気にするラガルにソラスが答える。

 魔法を封じられたまま、二人はソラスの後についていく。暗がりを抜けて、幾度か回り道を通るとそこは久方ぶりの外だった。


「出られた……。」


 イリフェルが呟く。

 生ぬるい夜風が髪にあたる。

 ラガルはイリフェルの体を抱き寄せた。


「もう大丈夫だ。」


 そう言った瞬間、イリフェルの体が強張った。


 ラガルはその反応に、時の流れを感じる。

 イリフェル自身も傷ついた顔でエンルフを見ていた。

 やがておずおずとイリフェルの方から手を伸ばし、エンルフをぎこちなく抱きしめる。


 最初は強張っていた体も、暫くそうしていると肩から力が抜けて安堵の色が見え始めた。


「……アグロムは?」


 そこで静かに娘の名前をイリフェルは口にする。

 エンルフの頭に、大きくなった娘の様子が浮かび上がった。

 なんと返そうか迷ってるうちに、何かを察したイリフェルが首を振る。


「……いいわ、あなたがいるだけで。」


 諦めたようには見えなかった。

 その目はまだ銀の塔を見つめている。


「イリフェル……。」


 ラガルは彼女を守れなかったと思った。

 やがて塔から目を逸らす彼女の手を引いて、エンルフは歩き始める。

 二人の背をソラスが眺めていた。

 月でさえ行先を照らさない夜に、行く宛などなかった。

 だが、エンルフは何かを思い出したようにその名を口にする。


「ネインバイド。」


 その場所なら落ち着けるかもしれない。

 イリフェルもネインバイドと聞いて、顔を上げて歩き始める。


 ふと振り返る。

 銀の塔は夜の中でも異様なほど白く輝いていた。


 二十五年。

 あの場所で過ごした時間が頭をよぎる。

 拷問も、飢えも、痛みも。

 気が狂うほど憎んだはずなのに、いざ離れると現実感がなかった。


 本当に出られたのか。

 本当に終わったのか。


 エンルフは無意識に首輪へ触れる。

 冷たい感触だけが残っていた。


「……行こう。」


 もう振り返らなかった。

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