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夜明けのネインバイド

 エンルフとイリフェルは走っていた。

 今にも倒れそうなほどふらついたイリフェルを支えて、エンルフは振り返る。

 背後には銀の塔の追手が迫っていた。


 足音が聞こえる。


「イリフェル、大丈夫か。」


 大きな汗の粒を流すイリフェルにエンルフは問う。

 何も答えない彼女を見て、焦ったように森の奥を見つめた。


「う、おぇ。」


 口元を抑えるイリフェルの背中をさすり、どこか隠れられる場所はないかとラガルは探した。

 けれどそんな場所はなく、足音はもう直ぐそこまで迫っている。


 木の折れる音が聞こえた。

 後ろから矢が飛んできて2人の頭上を掠める。

 遠くの松名が赤く揺らめいた。


「ネインバイドまであと少しだ。」


 なんの気休めにもならない言葉を呟いて、ラガルはイリフェルの肩に手を回す。

 森は夜に深く、闇より暗い。

 けれど空は白ばんで、もう夜明けを知らせている。


 急く気持ちを抑えながら、ラガルは一歩踏み出した。


「私を……置いて行って。」


 イリフェルが苦しげに呟いた言葉に、顔を歪める。


「そんなことできるわけない。」

「エンルフ。」


 泣きそうな声でイリフェルが名前を呼ぶ。

 イリフェルを抱き上げて、ラガルは進んだ。

 棘が足に絡みついて、傷を増やしていく。


 ラガルの視界も疲れで霞み始めていた。


 そのとき、森の切れ間から光が差し込む。

 朝日が昇り始めていた。

 その方向にラガルは走る。

 森を抜けると、大きな黒い建造物が見えた。


 継ぎ目のない真っ黒な石造りの建物に、ラガルは目を見張る。


「ネインバイド……。」


 口がそう呟いていた。

 かつてのネインバイドカラム、滅びる前の王国がそこにはあった。

 一瞬の安堵に力が抜けると、膝から崩れ落ちてしまう。

 立たなければいけないのに、立てなかった。


 とうとう、背後の追手が追いついた。

 剣を抜く音が聞こえる。


 ラガルは後ろを振り返り、追手たちを睨んだ。

 けれど、彼らが怯むことはなく剣が2人におろされる。


 その瞬間だった。

 遠くから何かが風を切る音が聞こえて、気がつくと追っ手の顔面に大きな岩が減り込んでいる。


「なんだ!」


 追手たちが新手の敵に声を上げる。

 イリフェルとエンルフも同じ方向を見た。

 そこには巨大な人影が見える。

 険しい顔をした巨人だ。

 長い青の髭が風に靡く。


「ここはワシらの土地だ。出ていけ!」


 そう言うと巨人は、ずかずかと二人のいる方へ近づいてくる。

 ラガルには見覚えがあった。

 以前、グロードと銀の大地を見回ったときに戦った巨人だ。


「巨人ごときが何を……!」


 言い終わる前に兵士が潰される。

 それを隣で見ていた他の兵士が怯んだ。

 巨人が腕で薙ぎ払うと、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「逃すか!」


 巨人が地を足で踏むと、地面から氷が生える。

 兵士たちは氷に刺されて、その場に伏した。


 あっという間に兵士を一掃すると、巨人がラガルとイリフェルを見下す。


 そしてその首輪を見ると眉を顰めた。

 二人の首に手を伸ばすと、力を込めて首輪を壊す。


 一気にラガルは身体が熱くなって、魔力が支配できなくなるのを感じた。

 イリフェルを突き飛ばして自分から距離を取らせる。

 この感覚には覚えがある。

 魔力暴走だ。


「ぁああ!」


 体全体が炎に包まれて、痛いのか熱いのかわからない。

 目の前の巨人はそれを腕を組みながら見つめていた。

 イリフェルも苦しそうな表情で、地に伏している。


 酷い痛みに意識が遠のく。

 意識が切れる合間、イリフェルがエンルフの名を呼ぶのが聞こえたような気がした。

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