被害者の顔
「最後に……一応。」
ラガルはナイフを取り出すと、ズタズタにグレイの顔を引き裂いた。
ソラスは隣でその光景を見ている。
溢れる血の色が床を染めるたび、エンルフの心に喜びが灯るのがわかった。
ラガルは笑いながら、グレイの髪を皮膚を傷つけていく。
「お前もやるか?」
ソラスは一歩後ずさった。
それから、少し考えると首を振る。
「いや、服が汚れるからいい。」
その様子は先ほどまでのオドオドしたソラスとは違い、人が変わったようだ。
兄の死体を蔑むようなものを見る目で見ている。
「……話した通り、約束は忘れるな。」
「……はい、勿論。」
短い会話を交わしたあと、ラガルは血だらけのまま中庭を後にする。
ソラスは毒の小瓶を懐に隠して、今まさに死体を見たような顔をした。
「誰かっー!ソラスが、ソラスがぁ!」
ソラスの叫び声を聞きながら、ラガルは鼻歌を歌った。
いい気分だった。
灰の目を一人殺せたことに喜びが抑えられない。
廊下に出ると、血まみれで刃物を持ったエンルフはやけに目立った。
侍女達が怯えた目をしながら道を開ける。
床には刃物から滴る血が、足跡のように広がった。
「何事だ?」
様子がおかしいことに気づいた塔の兵士たちが駆け寄る。血まみれのエンルフを見ると、すぐに兵士の目の色は変わった。兵士に槍を突き立てられ、ラガルは大人しく刃物を落とす。
しばらくして、連れて行かれた王の間にはいかにも怯えた目をしてこちらを見るソラスがいた。
ラガルはニッと笑ってソラスを見る。
王族たちが揃っていた。
グロードもエンルフの様子を見ている。
口を押さえて、エンルフの顔を見つめていた。
おおかた数日前の会話でも思い出しているのだろう。
けれど、思い出したところで遅い。
ラガル、いやエンルフはケラケラ笑うと床に頭を打ちつけた。
何度も何度も。
腕を縛られて座らされたまま。
奇行に兵士が首輪に繋がった鎖を引くが、エンルフはやめない。
ウォリケが王座からエンルフを見下ろしていた。
あの日のように。
違うのはここにはイリフェルも、アグロムも、アラウムも……誰一人としていないということだ。
「何があったグレイ。」
ウォリケがグレイを見つめる。
グレイは、目にいっぱい涙を溜めてエンルフを指差した。
震える指が全てを物語る。
言葉に詰まる様子で、何度も口を開こうとしていた。
やがて彼はフリーデに背をさすられて、落ち着いた様子で話し始める。
「か、彼が……弟を!ソラスを殺したんです!」
グレイの代わりにニヤニヤとエンルフは笑っていた。
被害者の顔をした共犯者も、今頃厚い面の下では笑いが止まらないだろう。
王の間にどよめきが走る。
兵士たちが騒ついた。
「何故だ。」
ウォリケがただエンルフに尋ねる。
エンルフは笑うばかりで、答えない。
兵士がウォリケに命じられて、首に槍を突き立てた。
エンルフは舌を突き出すと、大笑いして床を転げ回る。
「……痴れ者が。」
吐き捨てるようにウォリケは言う。
杖をウォリケは鳴らすと、兵士たちに告げた。
「この者を、深い牢獄へ連れて行け!」
王族たちの非難の視線が集まる中、エンルフは連れて行かれる。
最後にグレイがこちらを睨むふりをしてるのが目に映った。それがまた滑稽で、笑いが止まらない。
塔の地下までエンルフは連れて来られた。
暗く、じめついた地下にイリフェルがいると思うと、ここは地獄でもなんでもない。
手足を壁に固定されて暗い地下牢に置いて行かれる。
最後までエンルフは笑っていた。
抵抗しない彼に、兵士たちは怪訝な表情を浮かべていたが些細な問題だと見過ごされる。
自害しないように口に輪を嵌められて、扉は閉められた。
松明の光が扉の隙間から消え去る。
完全な闇が世界を覆い尽くした。




