やっと言ってくれたね
長かった前髪を切ったソラスが、中庭にはいた。
ラガルは息を顰めて生垣の後ろに隠れている。
やがて現れたのは、いつもの通り何も知らないグレイだった。
「ソラス、君がお茶に誘うなんて……珍しい……ね。」
ソラスを見たグレイの言葉がどんどん小さくなる。
どうやら前髪を切った彼に驚いているようだった。
最初は言葉を失っていたグレイだったが、ソラスが視線を外さないでいると、困惑しながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
「切ったんだ!似合ってるよ、すごく!」
抱きしめられてソラスは、一瞬驚いた顔を浮かべる。
ソラスの手がグレイを抱きしめ返そうとして宙で止まった。
「……やめてよ、兄上。」
「ごめんね、僕嬉しくって。」
そう言うとグレイはソラスの手を引いて、休憩のために置かれた屋外の小さな屋根の下に入る。
白いガゼボには蔦が絡まり、手すりに小鳥が止まっていた。
歌うような鳴き声に合わせてグレイが歌を口遊む。
「いまね、僕新しい歌を作ってるんだけど……ここから先がまだ浮かばないんだ。」
持ってきた籠からお茶を用意するソラスに、グレイは語りかける。
「できたら、一番に聴かせるからね。」
ソラスは一度もグレイの顔を見なかった。
ラガルは、この時間が一刻一刻ゆっくりと流れているように感じる。
「……ソラス?」
不審に思ったグレイがソラスに尋ねる。
そこでハッとしたようにソラスが、肩を跳ねさせた。
手元には毒の入った小瓶がある。
幸い、グレイは気付いてないようだった。
「兄上は本当に……お歌が好きですね。」
なんとか言葉を返したソラスに、グレイは表情が明るくなる。
また話し始めた隙をみて、ソラスはグレイのカップに毒を入れた。
「……どうぞ。」
グレイに茶を差し出すソラスの手は震えていた。
怪訝な顔をしながらグレイはソラスの手からカップを受け取る。
「どうしたの?今日変だよ。
なんか悩みがあるなら何でも言って。」
グレイはカップを置くとソラスに尋ねた。
ソラスはグレイを見つめる。
やがて意を決したように話し始めた。
「……兄上はいいですよね。
みんなから愛されて。」
「え?」
「私は誰の瞳にも映らない。」
ソラスの声もまた震えていた。
グレイは困惑した表情のまま、ソラスに言う。
「そんなことないよ。僕は……君のこと。」
「兄上の瞳にだって私は映ってない!」
大きな声を上げたソラスに、グレイは肩を震わせた。
それから壊れ物を触るみたいにソラスの頬に手を伸ばす。
ソラスは顔を上げなかった。
「やっと言ってくれたね。」
「……っ。」
グレイの声は何よりも優しい。
遠くからでもソラスが息を呑む様子が見えた。
決心が揺らいだのかとラガルは、近づこうと一歩踏み出す。
「兄上、お茶が……冷めますよ。」
そんな言葉が聞こえて、ラガルの足は踏みとどまる。
「ああ、そうだね。」
グレイがティーカップを持つ。
それからなんの迷いもなく口を付けた。
「……ソラス。」
一口含んで、カップを離す。
そして、カップとソラスを見比べる。
ソラスの顔には表情がなかった。
「どうしましたか、兄上。」
冷えた声色がよく響く。
グレイは意を決したようにカップの中身を飲み干した。
「ごめんね……ソラス。」
ソラスの表情が揺らぐ。
グレイの頬には涙が伝っていた。
口を開いたソラスの言葉は放たれることなく、飲み込まれる。
カップが落ちる音がした。
グレイの瞼が降りる。
そして体が揺らぐと、ソラスにしなだれ掛かるように倒れ込む。
「兄……上?」
ソラスは思わず、グレイの肩を掴んだ。
まだ体は温いが揺すっても返事がない。
隠れていたラガルは生垣の影から飛び出す。
ソラスに寄ると、その肩を優しく撫でた。
「これでお前がグレイだ。」
その言葉にソラスは顔を強張らせる。
ラガルはグレイの衣服を剥ぐとソラスに押し付けた。
ソラスは手元のグレイの服を見る。
「どうした、早く着替えろ。」
そしてラガルに背を押されるままにソラスは、服を着替える。
ソラスの服をグレイに着せたら、誰も疑わない。
ラガルの目の前にいるのは、紛れもなくグレイ様だった。




