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優しいから嫌い

「本当に……兄上を殺したら、私は変われる?」


 震える唇から溢れた言葉は、ソラスの最後の救いを求める心だった。

 ラガルは薄く微笑んで、頷く。


「変われる。」


 迷いなく答えた。

 ソラスの瞳が輝いたような気がする。


「だって、お前は今まで何も持ってなかった。」


 ソラスの肩が震えて、涙がじわりと浮かんだ。

 彼の頬を透明な液体が伝う。

 ラガルはソラスの涙を掬って、撫でるような声で言う。


「皆が見ているのはグレイだ。

 お前じゃない。」


 ラガルはそっとソラスの胸に指を当てた。


「お前がどれだけ苦しんでも。

 お前がどれだけ泣いても。

 お前がどれだけ兄を羨んでも。」


 囁くような声だった。


「誰も見ていない。」


 ソラスが唇を噛む。

 涙はまだ治らなかった。

 床を濡らし、シミを作る。


「でも兄がいなくなれば違う。」


 ラガルは俯いたソラスに続けた。

 

「お前が唯一になる。」

「……。」

 

「誰もがお前を見る。」


 ソラスの瞳が揺れる。

 その奥にある飢えを、ラガルは見逃さない。


「兄上は優しい。」


 か細い声がソラス自身に言い聞かせるように落ちる。

 けれどラガルは見透かしたように言った。


「優しいから嫌いなんだろう。」


 即座に返されてソラスは息を呑んだ。


「優しいのに、お前を見ない。」


 ラガルはそう言って立ち上がる。


「それが一番残酷だ。」


 ラガルが手を伸ばすと、ソラスは迷うように手を伸ばした。

 その手をラガルは掴むと、勢いよくソラスの身を寄せる。


「……もし、兄上がいなくなったら。」


 立たされたソラスが最初に放った言葉はそれだった。


「みんな本当に私を見るの……?」

 

 まだ迷っているソラスにラガルは頷く。

 しっかりとソラスの手を握ると、ラガルは小瓶を持たせた。

 ソラスはその小瓶を見て首を傾げる。


「これは?」

「お前を助ける魔法の薬だ。」


 ラガルはするりとソラスの隣に回り込んで、緑色の瓶を撫でた。


「これを飲ませれば永遠の眠りにつく。」


 ソラスは小瓶を眺めると、中の液体を揺らした。

 透明な液がてらてらと揺れる。

 ただの水のような液体だが、ラガルは知っている。


 その中身が猛毒の花の液だということを。


「お前は、前髪さえ切ればグレイそっくりだ。

 グレイの服とお前の服を交換すれば誰もわからない。」


「……私が兄上に。」


 ソラスは唾を飲むと瓶を受け取った。


「兄は疲れている。

 お前が楽にしてやれ。」


 ラガルはソラスの肩を叩く。


「皆は今まで通りグレイを見る。

 ただ中身がお前になるだけだ。」


「本当に……私が兄上に、なれる。」


 ラガルはゆっくりと頷いた。

 慎重に、ソラスが警戒しないように。


 ソラスは瓶を胸元に抱いた。

 まるで宝物を抱えるように。


 ラガルはその様子を見て笑う。

 これで終わりだ。

 グレイも。


 そのまま全部、腐り落ちてしまえばいい。


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