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最後の晴れ間

 その日の朝は変わらなかった。


 苔の生えた石、緑に萌える草木、そこから落ちる陽光。

 全てが変わらなかった。

 小さなバッタが飛んでいく。


 エンルフはその後を追うように、森の奥へと歩みを進めた。


 窪地にクルクルと巻いた食べられそうな草を見つける。

 エンルフはさっと降りていくつか採った。


 他にもいくらか山菜を採って、獣の肉でも探そうとした頃だ。

 なんだか空の天気が燻って、どんよりとした雲が出てきた。

 エンルフはあんなに晴れていたのに、変だなと思いつつ辺りを見渡す。

 けれど家に置いてきた家族のことが気になって集中できない。


「……帰る、か。」


 エンルフはそう言って、帰路に着く。

 食材はまだまだ足りなかったが、なんとなく胸騒ぎがした。

 雨が降り始める。

 最初は小ぶりの雨だったが、段々と雨足が強くなってくる。

 雨に追われてか、気持ちが急いてか、エンルフの足は自然に早まっていた。


 呼吸が荒くなる。

 嫌な予感が膨れる。


 帰ってその姿が無かったらと、想像しただけで怖い。

 

 勢いよく洞穴の中に駆け込んだ。

 水を含んだ土が跳ねて、膝を濡らす。


「あら、エンルフ。どうしたの?」


 そこにはイリフェルがいた。

 双子をあやしながらお乳をあげている。

 ホッとエンルフは溜息を吐いた。

 予感は所詮、予感だ。


 赤子がほにゃと泣いて、イリフェルがそれをあやす。

 その隙にもう一方が彼女の髪を掴んで引っ張っていた。


 その戯れにエンルフは心底、安堵する。

 イリフェルに近づくと、彼女の髪を撫でた。


「お前が居なくなってないかと思って。」

「そんなわけないじゃない。」


 笑いながらイリフェルが答える。

 外では雨が一層強くなっていた。


「……もう一回行ってくる。」


「雨が止んでから行けばいいじゃない。」

「全然食料とれてないんだ。すぐ戻ってくるから。」


 エンルフは自然と笑みが出た。

 抱き合って、頬に口付けをすると彼は外へと再び旅立つ。


 それからは熱心に獲物を探した。

 小さな生き物を手早く捕まえて、背負い籠へと入れる。

 食べられそうな木の実や果実も採った。


 そして気づけば雨も上がって、再び晴天の青空が見える。

 カラッとした空気に心地良さを感じながら、エンルフは帰路に着いた。

 葉についた雨上がりの雫が、虹色に反射する。

 水たまりには晴れ上がった空と、白い雲が映っていた。


 戻ればきっと家族がいる。

 双子をあやすイリフェルがいて、まずこちらに気づいてから微笑む。

 そしてちょっと間を置いて、おかえりと言ってくれるのだ。


 そう考えるとエンルフは胸がポカポカと暖かくなる。

 それはどんな熱よりも心地よくて、気持ちのいいものだった。


 しかし、洞穴の近くまで来たところで、妙に静かなことに気づく。

 双子たちの声もイリフェルの声も聞こえない。

 地面を見れば自分のものではない足跡があった。

 幾つもだ。


 それが真っ直ぐ自分たちの住む洞穴まで伸びていって……。


 エンルフはその先を見る前に走り出した。

 イリフェルがまだいることを願って。

 彼女の笑顔が見られるように。


「っ……!」


 洞穴にたどり着いたとき、そこはもぬけの殻だった。

 物がそこら中にひっくり返り、荒らされた跡がある。

 イリフェルのつけていた髪留めが落ちていた。


 頭が真っ白になる。


 呼吸が止まりそうだ。

 上手く息ができない、舌がどうしようもなく震えた。


 赤ん坊の姿もどこにもない。


「嘘だ……。」


 ふらふらと髪留めに近づく。

 その鼈甲の櫛に触れたとき、背後から物音がした。

 振り返る間もなく頭に衝撃が走る。


「うっ!」


 エンルフの視界が暗くなっていく。

 指先に冷たい櫛の感触を感じながら、エンルフは目を閉じる。


 意識を手放す間際、ニヤけた顔でこちらを見るフリードの顔があった。

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