証明
塔は騒めいていた。
巨大な火砲が運ばれていく。
樽の上に乗ったエンルフはその光景を眺めていた。
「そんなとこに乗ってるな!邪魔だ!」
フリードに蹴飛ばされて、エンルフは転げ落ちる。
後ろでクスクス笑うフリーデの声が聞こえた。
エンルフは目の前の男を睨みつけると、近くにあった花瓶の水を頭から被せる。
猫っ毛に水が滴り、床に落ちていく。
ビシャビシャになったフリードは唖然としていた。
気持ちよくエンルフは、花瓶を片手に歩く。
するとグロードとムルトの話し声が聞こえてきた。
「……アルダめ、想定より早く動いた。」
グロードの低い声が響く。
エンルフは足を止めた。
「西の結界が強まっている。
このままでは侵攻が遅れる。」
「だから火砲を出すのか。」
ムルトが冷たく返す。
「あれを使えば、巫女ごと吹き飛ぶぞ……いいのか?」
「魔女だ。構わない……と、ウォリケは言っている。」
グロードは言った。
エンルフの脳裏には魔女が浮かんでいた。
あの笑顔を失いたくない。
「巨人共に時間を与えるほうが危険という判断だろう。」
ムルトが険しい顔で沈黙する。
「……本気か。」
「ウォリケに言え。」
エンルフの奥歯が軋む。
そのとき、視線にムルトが気づいた。
ムルトはエンルフに近づくと、銀の瞳で彼を見る。
「聞いてたな。お前も出ろ。」
エンルフは花瓶を肩に担いだまま視線を逸らす。
「なんだその顔は。」
「オレに関係ねぇし。」
ムルトの目が細まる。
「……お前、西に通っているな?」
空気が凍る。
一瞬、時が止まったかのようにエンルフは感じられた。
花瓶を持った手をダラリと下ろす。
グロードは“まさか”と笑っていたが、何も答えないエンルフを見て眉を顰めた。
「エンルフ?」
声をかけたのはグロードだ。
エンルフは小さな声で答える。
「そんなわけ……ねぇだろ。」
ムルトはエンルフを強く睨みつけると、ため息を吐いた。
「ゆめゆめ忘れるな、お前は銀の塔の客人である以上、我々に与する者である。」
エンルフに銀の剣が突き出される。
ムルトが腰から抜いた剣だ。
受け取るのをエンルフが戸惑っていると、エンルフにムルトが言う。
「証明しろ、お前が味方だと。」
エンルフは銀の剣を受け取るしかなかった。
刀身に映る自信の顔から目を逸らす。
銀の剣を握りしめる彼を見て、ムルトは頷いた。
グロードは話についていけず、エンルフをただ見るばかりだ。
「……わかった。」
花瓶を置いてエンルフは呟く。
そして去っていく背中を、グロードが引き止めようと手を伸ばした。
しかしその腕はムルトに止められる。
エンルフは城から出て、いつものように西へ向かうフリをした。
付いてきた追手を荒野の木の影で待ち伏せる。
「どこに行った?」
追手が視線を外した一瞬。
エンルフは男の顔を手で掴み、その顔面に火を浴びせた。
悲鳴にならない悲鳴が聞こえる。
けれどエンルフは手を止めることはなく、すぐに蹴りを入れたあと、倒れた追手の男に剣を突き立てた。
鮮血が舞う。
燃え盛る火の玉で、死体さえ残らないほど焼いてエンルフは舌打ちをする。
邪魔だ、と思った。
それ以外の感情は、あとから来た。
魔女の洞窟まで一直線に駆け抜ける。
洞窟はいつも通り、静かだった。
イリフェルはエンルフを見つけると、嬉しそうに顔を綻ばせる。
しかし彼の手にある銀に光る剣を見て、表情を曇らせた。
「エンルフ……?」
剣から血が滴り、洞窟の床を濡らす。
何よりも目を引く赤が、ゆっくりと落ちていった。
イリフェルの目が不信に変わる。
エンルフは剣を持ったまま一歩近づいた。




