木陰の談笑
エンルフは塔に朝帰りすることが続いていた。
最初は何も言わなかったグロードも、流石に女だと気づき始めたようでニヤニヤとこちらを見てくる。
ムルトは対照的に睨み続けていたが、エンルフはどちらも無視していつも通り塔の庭を歩いていた。
「エンルフおじたん。」
そうしてると後ろから、銀の目の子どもに話しかけられる。
最近は、塔の子どもに顔を覚えられて絡まれることが増えていた。
「エンルフお兄さん。」
エンルフが訂正する。小さな子どもは、しばらく頭を捻って同じ言葉を繰り返した。
「エンルフおにたん。」
「よぅし、言えたじゃねぇか!あー、えらいえらい!」
エンルフがぐしゃぐしゃと頭を撫でてやれば、舌足らずな子どもは嬉しそうに声を上げる。
ついでに肩に乗せて、空を飛ぶ真似をしてみれば、きゃいきゃいと楽しそうに笑った。
それを見た他の子どもたちが自分もと集まってくる。
「順番だ、順番。」
ひょいと子どもたちを持ち上げて、ぶんぶんと回す。
そんな光景が板についてきていた。
「エンルフ、今日は酒飲まないのか?」
ふと通りがかった兵士に声をかけられた。
エンルフはフリーデのことを考えて、少し苦い顔をしたあと首を振る。
その様子が面白かったのか兵士数人から笑われた。
「まあ、エンルフは好い人もいるしな。」
揶揄い半分で小突かれる。
少し恥ずかしくなってエンルフが頭を掻くと、周りの子どもたちが“好い人ってなぁに?”と聞き始めた。
「それはなぁ、ママってことだ。」
兵士の一人が答える。
エンルフは、キョトンとして見返してしまった。
結婚なんて考えた事もなかった。
でも、イリフェルとなら……。
「おいおい、なんだ鼻の下が伸びてるぞエンルフ。」
「そ、そんなんじゃねぇし!」
赤くなった顔を隠すように、腕を前にやる。
兵士たちは楽しそうに、エンルフを揶揄った。
そこにグレイがやってくる。
「……随分と楽しそうですね。」
空気を冷やす一言が投じられた。
兵士たちの背がピッと伸びる。
「持ち場に戻りなさい、貴方たち。」
兵士たちがハッと声をあげて去っていった。
その様子を面白くなさそうにエンルフは見る。
グレイは子どもたちを見ると、顔を綻ばせてエンルフに話しかけた。
「エンルフさん、あなた子どもに人気ですね。」
「なんだよ堅物王子。」
「いえ、羨ましいなと思って。」
小さくグレイが手を振ると、数人が隠れた。
エンルフは鼻を鳴らして、答える。
「堅物なの子どもにも見抜かれてんだろ。」
「そんなことないです。私は結構だらしないですよ。」
頬を膨らませてグレイは返した。
「たとえばソラスにいっつも、出したもの片付けなさいって言われます。」
指を立てて威張るような様子でグレイは言う。
エンルフは思わず片眉を上げた。
「威張る事じゃねぇだろ。」
「……そうですね。」
少し顔を赤めてグレイは言う。
その様子に子どもたちも警戒を解いたのか、グレイさまと近づいていく。
グレイは嬉しそうに笑った。
子どもたちが喜ぶ遊びをエンルフは、グレイに教えてやって、二人で肩車をしたり遊ぶ。
その様子をソラスが遠くから眺めていたから、グレイが手招いたが、彼はすぐ隠れてしまった。
「恥ずかしがり屋なんだから。」
「そんなんじゃねぇだろ。」
二人はしばらく遊んで、疲れたら木陰で休む。
意外な二人の組み合わせに通りすがる兵士たちが、目を丸くして見ていた。
「そうだ、エンルフさん。今度……ぼ、私の音楽会にでも来てくださいよ。」
「絶対に嫌だ。」
「そう言うなって、兄上の演奏は素晴らしいぞ。」
木陰の後ろからグロードが酒を持って出てきて、隣に座る。いつの間にか杯に酒を注いで、全員に配っていた。
「飲みませんよ、私は。」
「まあまあ、一杯。」
グロードがささっと勧める。
観念して、酒を飲んだグレイは笑い上戸だった。
エンルフの何気ない一言でも面白そうに吹き出す。
「コイツめんどくせー。」
エンルフがグレイを指差して、グロードの方を見ると彼は肩を竦めた。
三人の談笑は夜まで続く、一日の終わりは早かった。




