二人の時間
十三時間に及ぶ説教から解放されたあと、エンルフはクタクタだった。
けれど、遅くなってもイリフェルには会いに行きたい。
エンルフはその一心で体に鞭を打つ。
床に倒れて動かないグロードを横目に、エンルフは今日も西へ向かった。
ムルトが廊下ですれ違うときに目を細めたが、今は気にならない。
それよりもイリフェルだった。
荒野を真っ直ぐ行って、洞窟に辿り着くとエンルフは彼女を探す。
しかし今日はどこにもいない。
エンルフは珍しいこともあるものだと思って、周囲を見渡した。
イリフェルの住む洞窟は何もない。
生活の跡が見えないほど何もないので、霞を食って生きてるのかとまで思ったほどだ。
エンルフがキョロキョロと辺りを眺めていると、急に視界が暗くなる。
目を塞がれたのだ。
「ふふ、誰かわかる?」
悪戯っぽい声が聞こえてきた。
エンルフはニヤリと笑うと、後ろに手を伸ばす。
そして体を捕まえると、勢いよく振り返って抱き上げた。
「イリフェル!」
「ふふふ!」
正解だと言わんばかりに笑う彼女。
エンルフは細い体を力いっぱい抱きしめる。
「遅くなった、今日も綺麗だな。」
「あら、そういうこと他の女にも言ってるんじゃない?
遅くなったのはその人と会ってたから、とか。」
イリフェルは意地悪な声で、エンルフを責める。
少し不貞腐れた瞳が、エンルフを見上げるたび。
彼はどうしようもなく愛おしく思う。
「そんなわけない。イリフェル以外どうでもいい。」
「あなた私のこと好きって言うけど、どこが好きなのかしら。」
わざとらしく拗ねた表情でイリフェルは横を向いた。
ツンとした口調の中にも、エンルフへの甘えが見て取れるあたり、怒っているわけではない。
ラガルは何がしたいのか、考えてみるが理解できない。
ただエンルフはその様子を見て、とても喜んでいるということだけわかった。
「ちょっと強気で。可愛くて。
オレより少し小さいところ。」
「小さいところ?」
「オレを見上げてるの可愛い。」
エンルフは惚気ていた。
少し不満そうにイリフェルは“それだけ”と言う。
「残念だけど私も自分より背の低い男が好きなの。
あなたは相性悪いみたいね。」
棘のある声でイリフェルが答えてみれば、エンルフは固まった。
え、という声が聞こえてくる。
「それ、本当……?」
フルフルと拳と肩を振るわせるエンルフに、イリフェルはバツが悪そうな顔をする。
それからすぐにエンルフの耳元まで口を持っていくと、“嘘よ”と返した。
「意地悪したくなっただけ。」
けれどもエンルフは不安そうだ。
そんな彼を見てイリフェルは笑うと、エンルフを抱きしめた。
ラガルは“自分よりも背の低い男”と言う言葉に少しだけ優越感を覚えて聞いていた。
抱きしめられたのが嬉しくて、名前を呼びたくなる。
「イリフェル、次はもっと小さくなるから。」
「だから……冗談なのに。」
くんくんと鳴き声が聞こえてくるような様子で、エンルフは顔をイリフェルに埋める。
ラガルも甘えたくて仕方がなかった。
もっと抱きしめられたくて、体重をかける。
「あ、コラ。重いわよ。」
「知らない。」
イリフェルごと地面に倒れ込む。
笑い声と共に二人で転がった。
土で汚れるのも気にならない。
ただ、お互いを見つめて笑むだけだ。
「お前の笑ってるところ大好きだ。」
エンルフがイリフェルの頬を撫でる。
彼女は嬉しそうに目を細めた。
「私もあなたの笑顔が好きよ。
だって、世界一眩いんだもの。」
イリフェルはそう言うと転がって、エンルフの腕の中に収まった。
洞窟の涼やかな空気が心地いい。
静かな時間が流れていく。
鍾乳洞から滴る水の音、洞窟の外の鳥の声。
隣のイリフェルの呼吸音がハッキリと聞こえる。
そうしていると世界に二人だけになったような気がして、心が満たされた。
そしてエンルフは眠りにつく。
明日も同じ日が来ることを願って。




