輪郭
エンルフは今日もこっそりと洞窟へ来ていた。
魔女が一人で、俯いている。
「イリフェル……。」
髪を弄りながら彼女はそう呟いていた。
湖面に映る自分を見ながら息を吐く。
それからソワソワと、誰かを待つように辺りを見渡した。
岩陰から様子を見ていたエンルフは、音を立てないように静かに近づく。
そして頃合いを見て魔女に声をかけた。
「わっ!」
「きゃぁ!」
魔女が驚いて尻餅をつく。
エンルフは良い笑みを浮かべながら言った。
「名前気に入ってくれたのか?」
魔女は横を向く。
「そんなのじゃないわよ。」
けれどその頬は赤く、顔を隠すように彼女はフードを深く被り直した。
白い肌。
柔らかな髪。
細くて折れそうな華奢な体。
見るたびにラガルの胸は高鳴った。
エンルフの目を通して見る彼女は、いつも輝いていて綺麗だ。
触れたくて仕方がない。
指が、そっと魔女の髪を掬う。
頬の近くの髪を手に取って、愛おしそうに眺めた。
「綺麗だな、やっぱお前って。」
「い、いきなり何をするの!近いわ!」
魔女がエンルフを突き飛ばす。
しかし、彼はびくともしない。
エンルフの胸に手を当てて、魔女は耳まで顔を赤くする。
「イリフェル。」
「その名前で……呼ばないで。」
逃げるように魔女はまた顔を背けた。
面白がってエンルフは、耳元でまた言う。
魔女は明らかに動揺していた。
力無くエンルフの胸が叩かれる。
どの表情も宝石のように美しい。
エンルフの胸の奥で、ラガルもまた笑っていた。
段々と楽しくなってイリフェルの頬を小突いてみる。
丸い瞳がパチパチと瞬く。
次の瞬間、イリフェルは悪い笑みを浮かべて彼の頬をつねった。
「何する。」
「お返しよ、エンルフ。」
今度はエンルフが目を丸くする。
初めて彼女に名前を呼ばれた。
それにイリフェルも気づいたようで、ハッと口を押さえた。
「ち、違うわ。今のは。」
イリフェルが言い訳をしようとする。
でもエンルフはそんな言葉、聞いてはいなかった。
彼女の腰に手を回して持ち上げる。
「きゃ!何するの!
ねえ、降ろして……降ろしてってば!」
イリフェルが笑う。
エンルフも笑いながら彼女を抱えた。
回るたびに彼女が声を上げる。
「もう馬鹿!」
イリフェルを岩場に降ろすとそう言われた。
「初めて名前を呼んだな。」
二人の距離が自然と近くなる。
イリフェルは逃げ場のない視線を、そっとエンルフに落とす。
エンルフがイリフェルの手に、自身の手を重ねる。
今度は逃げなかった。
イリフェルの目が潤む。
色付いた頬が薄暗い洞窟の中に浮かんでいた。
もう互いに言葉は必要なかった。
ただ、二人。
最初からそうであったかのように、静かに抱き合う。
彼女の熱が何よりも心地よい。
煩い世界が静かになっていく。
今まで出会った誰よりも、暖かかった。
熱気が洞窟内に満ちていく。
その熱に浮かされるように、強く手を握った。
イリフェルの手が握り返す。
何よりも嬉しい。
世界の音も光も全て置いていった。
指先の熱が今は煩わしい。
交わらざる二つの魂が、触れ合って、溶け合って。
互いの輪郭を知る。
そんな夜に、想いはさらに募っていく。
「……イリフェル。」
小さく落ちた言葉は、さざめきとなって夜の星の間に揺れた。




