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イリフェルの花

「これ……アンタにやるよ。」


 エンルフはポケットに入れたままだった、青い花を魔女に渡した。

 芯まで青いその花は、涙の色をして健気に咲いている。

 エンルフは魔女に似合うと思って、その花を選んだ。


 魔女は金の瞳を大きく開くと、その花を受け取る。


「イリフェル。どうだ?

 この花の名前、アンタにぴったりだろう。」


 そう言うとエンルフは彼女を覗き込む。

 微笑んで、魔女を見つめた。

 少しくたびれた花弁を魔女は指でなぞる。


「勝手に名前なんかつけないで。」


 魔女はそう言うと、花を投げた。

 慌ててエンルフは花を拾う。


「何すんだよ!」


「気持ち悪い男……。」


 エンルフはしゃがみ込むと、花弁をくるくる回して不貞腐れる。


「何回でも渡す。」


 花弁を指で弾いた。

 ふわりと花の香りが舞う。

 

「生まれ変わっても、何度でもこの花……お前にやるわ。

 オレが飽きるまで。」


「そう、覚えてなさいね。無理でしょうけど。」

 

 魔女は興味が無さそうに、洞窟の奥へと戻っていく。

 けれど途中で足を止めて、振り返らないままエンルフに声をかけた。


「……それ、捨てないの。」


 エンルフは顔を上げる。


「せっかくアンタにやったのに?」


 魔女は黙った。

 それから少しあって、言葉が聞こえる。


「勝手にしたら。」


 それだけ言うと今度こそ、魔女は戻っていった。

 エンルフは腰を上げると、魔女の後について行く。

 そしていつもの岩場の隣に座ると、耳を澄ませた。


 風の音が聞こえる。

 小さな湖に雫の落ちる音がして、静寂が辺りを包んだ。

 魔女のいつも聞いてる音があまりにも静かで、エンルフも言葉を失っていく。


 隣の魔女は、身じろぎ一つせずに湖を眺めていた。

 ラガルはその横顔を見て、何か言いたくなる。


 エンルフも同じだったようで、静寂に声が落ちた。


「いつから……ここに居るんだ?」


 魔女が顔を上げる。

 しばらく何の音もしなかった。

 エンルフはただ、隣に座る。

 やがて聞こえてきたのは、小さな返答だった。


「ずっと。」


 ただそれだけ。

 その言葉だけで、彼女の年月が伝わるようだった。

 きっとエンルフが思う以上に重い。


「……泉が奪われてからお姉様はみんな隠れてしまった。

 お父様が死んで、私一人がここにいるわ。」


 そう言ってまた魔女は俯く。

 エンルフの伸ばしかけた腕が、留まる。

 彼女の細い肩が切なく揺れる。

 その肩を支えたかった。

 けれど見透かしたように魔女は言った。


「下手な同情はやめて。

 私は可哀想でも惨めでもないの。」


 ぴしゃりと言い放つ。

 エンルフは宙に置いた手と、魔女を見比べた。

 それからすぐにしまう。


「でもずっとは寂しいぜ。」


「そう見える?」

「オレがいるから、全然。」


 そう言って頭を振って見せると、クスッと音が聞こえる。

 エンルフが横を見れば、魔女が口に手を当てて笑っていた。


 金糸雀のような声が鼓膜を震わせる。

 ラガルは頬が熱くなった。

 胸が苦しい。

 とても……嬉しい。

 

 もっとその笑顔が見たくて、エンルフは変な顔をしてみたり、動きをする。

 笑い声が強くなった。

 世界が色づいたように見える。

 今までよりも、ずっと。


「なぁ、少し歩こう。」


 エンルフは魔女に手を伸ばす。

 その手が魔女に触れた。

 一瞬、身を強張らせた彼女だったが、驚いている間に外に連れ出される。


「ちょ、ちょっと待って!」


 日の下に出た魔女のフードが、風で捲れ上がる。

 その面を見た瞬間にエンルフは、やっぱり綺麗だと思った。


「なに……言ってるのよ。」


 口に出ていたらしい。

 エンルフは少し俯いて、魔女を見た。

 瞳は大きな満月みたいで、夜空に輝く星のようだ。


 見惚れていたのを誤魔化すように、エンルフは魔女の腕を引く。

 つられて身を寄せた魔女を連れて、歩き出した。

 踊るように進む二人。

 いつしか笑い声が荒れ地に響く。


 ラガルはその笑顔に目が離せなかった。

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