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君が泣くなら

 今日もエンルフは、魔女の元へと向かう。

 出かけに目に入った、花を摘んで。

 口を開けた洞窟に、彼は心を躍らせながら入っていった。

 魔女の呆れた顔を想像しながら、エンルフは笑む。


 いつも通り、離れた岩場に彼女は腰掛けている。

 けれど返ってきたのは冷たい声だった。


「……来ないで。」


 エンルフの顔が固まる。

 じわり、その言葉が胸の奥に刺さった。


「なんで?」


 咄嗟に出た言葉が、縋り付くように魔女に投げられる。

 魔女の息を吸う音が聞こえた。


 拒絶なんて慣れている。

 

 エンルフはそう思った。

 なのに、今は彼女の一挙一動、続きを見るのが怖い。

 指先が震える。

 魔女の口が開くのを塞いでしまいたい。


 ――壊せ。


 あの声が聞こえた。

 囁くような声がすぐ側から聞こえてくる。


 ――拒むなら奪え。

 

 カッと体が熱くなる。

 そんなの嫌だった。

 魔女を壊したくなんかない。

 声の甘い囁きより、鈴のような彼女の言葉を聞いていたかった。


 けれど勝手に体の熱が上がっていく。

 苦しい。

 嫌だ。


 目の前にいる魔女が遠く感じる。

 でも、側にいたい。


 涙が頬を伝った。

 魔女がギョッとした顔でこちらを見る。

 それから震える唇を噛む目の前の男を見て、少し考えた。


「……あなたも知っているでしょう。

 私たちとエイシュとの戦争を。

 塔が西を警戒している。」


 少し柔らかい声で彼女は語った。

 エンルフは口を曲げると言う。


「知ったこっちゃない。

 なら、戦をやめればいいだろ。」


 幼子のような言葉に、魔女は目を丸くする。

 それから少し目を伏せると、首を横に振った。


「できないわ。泉を取られてしまった。

 シェラが彼らの手元にある限り、巨人たちは心臓を握られているようなもの。」


「シェラって魔法の泉のことか。」


「……泉の番人、永遠の王アルス。

 彼がエイシュの手で討たれたとき、シェラも永久の眠りについた。」


 声は、吐き捨てるようだった。

 

「私たち巨人の母であるシェラの力を使って、灰の目は好き放題している。」


 魔女はそう語ると洞窟から出る。

 エンルフはその背中を追いかけた。

 振り返ることなく、魔女は腕を上げると一点を指差す。


 そこには聳え立つ銀の塔(せかいじゅ)があった。


「あれを見なさい。

 あの塔はシェラへの楔。

 私たちへの鎖。

 

 泉の力を少しずつ吸い上げて、魔へと変えて大地に降らせている。」


 目を凝らすと、小さな雪のようなものが見えた。

 紫色の、光。

 それはエンルフの手に触れると溶けていく。


「泉は巨人の力の源。

 魔法の根源。

 それを少しずつ削るということは、私たちを削るということ。」


 魔女は塔を睨むように見上げた。

 その先では銀の光が曇りなく輝いている。

 対して、この荒地は暗く澱むようであった。


 寂しそうな目で魔女は、荒地の向こうの塔を見る。

 その目を見るとエンルフは、心臓が締め付けられるようだった。


 名前もまだ知らない。

 そんな彼女を強く想う。


「あいつら、アンタから奪ってんのか。」


 ラガルの喉が締まる。

 魔女に向けられたエンルフの言葉が、自身に向けられたような気がした。


「なら、オレが燃やしてやる。」


 エンルフはあっさりと言った。

 魔女の肩が揺れる。


「……簡単に言わないで。」

「簡単だろ。鎖なら千切ればいい。」


「違う!」


 初めて、魔女が強く声を上げた。

 その様子に、エンルフもラガルも目を丸くする。

 魔女は震えていた。

 自分でも、その声に驚いているようだった。


「違う……わ。できないんだもの。」


 ポタポタと涙を流しながら、魔女はローブを握りしめる。


「な、泣くなよ。」


 エンルフが声をかけたとき。

 また、あの声が聞こえた。

 キンとした耳鳴りに声が続く。


 ――そうだ。


 ――燃やせ。


 思わずエンルフは耳を塞ぐ。

 けれど声は止まない。


 ――世界樹を。


(お前の為じゃねぇ!)


 エンルフは苛立った。

 声が歓喜するのが無性に腹立たしかった。

 思わず、炎が漏れる。


 魔女がエンルフを見て、泣き止んだ。

 顔が凍りついていた。


 一瞬、辺りが静まり返る。


「……あぁ、むしゃくしゃする!

 全部、オレが壊してやるよ。」


 炎が収まると共に、エンルフはガシガシと頭を掻く。

 面倒くさそうに伸びをして、それから魔女の方を見た。

 魔女は呆気に取られる。


「……あなた本当になんなの?」


 少しエンルフは傷ついた。

 けれど魔女が泣いているよりはずっと良かった。

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