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熱を欲しがる

「今日も来ちまった。」

 

 エンルフは翌日も魔女の元に通う。

 魔女は彼を見ると、肩を強張らせた。


「何が目的?」


 昨日と同じく、離れた岩場に彼女はいる。

 エンルフはしばらく考えたあと、魔女を見つめて言った。


「お前と寝ること……かな。」


 魔女は目を丸くする。


「近くにいたら、どうなるか試してみてぇ。」


 エンルフが言葉を続けると、魔女の眉が吊り上がる。


「誰がお前なんかと!」

「笑ってた方が可愛いぜ。」


 軽口を男は叩く。

 これにはラガルも驚いた。

 真っ赤な顔をした魔女はしばらく口を聞かない。

 そして洞窟を追い出されると、エンルフはちぇと口を尖らせた。


「初心ってやつか。」


 ニヤリと笑う。

 もっと色んな顔を見てみたかった。

 エンルフは鼻歌を歌いながら銀の塔に戻る。

 ずると視線を感じた。

 なんとなく、周囲を見渡すと第三王子のフリードと目が合う。


「……なんだ?」


 エンルフが聞くと、フリードは露骨に嫌な顔をした。

 その間も嫌な視線は消えなかったが、今は目の前の王子に集中することにする。


「魔族が話しかけてくるとは、気持ち悪い!」


 フリードは笑みを浮かべながら、大声でそう言った。

 エンルフは一瞬、眉を上げて困惑した表情をした。


「おー、そうか。

 アンタなんていうか……素直ってやつだな。」


「同じ空気を吸ってると思うだけで嫌だ!」


 エンルフの目が歪む。

 わざわざこの男は何がしたいのだろうか。

 考えている間に双子のフリーデがやってきた。

 兄とエンルフを見比べる。


「やだ、フリード。こんなのと話さないで。」

「フリーデ、奴から話しかけて来たんだ!」


 フリードがエンルフを指差した。

 目の前に突きつけられた指。

 ギョッとした顔でそれをエンルフは下げる。


 それからエンルフは一瞬、黙った。

 そして、ふっと笑う。


「へぇ。」


 さっきまでの軽さとは違う。

 挑発するような声。


「そんなに嫌か。」


 フリードがたじろぐ。


「……だったら、どうなるか試してみるか?」


 息がかかる距離だった。

 エンルフはフリードの肩を掴んで近づく。

 明らかに相手が怯んだ。

 そのときだった。


「やめなさい。」


 静かな声が落ちる。

 間に入って来たのは、グレイだった。

 後ろでソラスが、グレイの服の裾を握る。

 その手は震えていた。


「……やあ第一王子、ご機嫌麗しゅう。」


 エンルフの声が一段低くなった。

 あたりの温度が冷えていくのがわかる。


「どうしたのですか、フリード、フリーデ。」


 グレイが尋ねると息を揃えて、二人はエンルフを見る。

 それからフリーデが扇で口元を隠しながら言った。


「この魔族が、フリードを侮辱したのです。」


 エンルフにソラスの目が向く。

 気づけば、使用人たちの目もエンルフに注がれていた。


「そうなんですか?」

「まさか、向こうからの喧嘩を買っただけだ。」


 エンルフは口の端を曲げながら、相手を顎で指す。

 その態度を見たフリーデは眉を顰めた。


「選ばせてあげる。

 お前、どう死にたい?」


 場の凍る彼女の一言。

 けれどエンルフは気にせず答えた。

 

「老衰……いや、アンタの腹の上もいいな。」


 どこかから笑い声が聞こえる。

 フリーデの顔が真っ赤になり、フリードが周囲を睨みつけた。


「やめなさい、エンルフ。

 ……最初に気持ち悪いと言ったのはフリード、貴方でしょう?」


 グレイがフリードの方に顔を向けた。


「じゃあ言葉の責任は貴方にありますよ。

 謝りなさい。」


 フリードの目が見開く。

 周囲が騒めいた。

 エンルフはグレイを見て、胸の内が騒ぐ。


 (助けたつもりか?)


 その所作の良さも、品のある声も、美しい顔立ちも。

 何もかもが癪に触った。


「……気持ち悪りぃな。

 綺麗に済ませやがって。」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 フリードは拳を握り、唇を噛んだ。

 何かを堪えるようだったが、グレイを見てゴクリと唾を飲む。


 やがて、息をゆっくりと吐く音が聞こえたかと思うと。

 フリードは震えながらエンルフに頭を下げた。

 その目は見開かれていて、目の前にいるエンルフを睨むように見上げている。

 ラガルでもわかるほど、歯を食い縛っていた。


「……す……ま、ない。」


 絞り出すような声が、赤を越えて黒くなった顔からする。

 エンルフは笑うこともやめて、ただ感情のない目で見ていた。

 

 ――違うな。

 胸の奥で、何かが噛み合わない。


「触る価値もねぇや。」


 そう言って、踵を返すとその場を立ち去ろうとする。

 その背中にグレイの声が掛かった。


「エンルフ、貴方も謝るのですよ。」


「……はいはい、ごめんね。」


 エンルフは足を止める。

 振り返ることもなく後ろに手を振った。

 フリードが何か言いかける声と絹擦れの音が聞こえる。


 背後の声は、もう耳に入らなかった。

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