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焼ける心臓

 気がつけばエンルフは銀の塔の前にいた。

 グロードが塔の前で腕を組んで立っている。

 ふらふらと頼りない足取りで帰ると、引き留められた。


「西には行くなと言っただろう。」


 険しい声で言われる。

 エンルフはコクリと頷いた。

 だが、その顔はどこか上の空だ。


「あそこにはアルダを束ねる魔女がいる。

 我らも近づけんのだ。」


 エンルフは魔女と聞いて、顔を上げる。

 そうか……あれは魔女だったのか。

 言われて彼は納得した。


「エンルフ?……もしかして会ったのか?魔女に。」


 グロードはエンルフの様子に訝しむ。

 エンルフは答えようとして、心臓が軋むのがわかった。

 口が動かない。

 彼は首を横に振ると、塔の中へ戻った。


 それからどうにも寝れずに、月を見ながら酒を飲む。

 霞がかった空に星が浮かぶ。

 黄金の月は今日あった魔女の瞳を彷彿とさせた。

 エンルフは胸の辺りを撫でる。


「……もう来るな、か。」


 ちくりとエンルフの胸に痛みが走る。

 呪いのせいだろうと、エンルフは目を伏せた。

 それでも思い浮かべるのはあの女の顔だ。


 一晩でいい。


 そうエンルフは思った。

 酒に耽っていると、背後から声がかかる。

 グロードだ。


「なんだ、月見酒か?」

「お前、オレのこと好きすぎだろ。」

「監視役だ。」


 どかりとグロードは隣に座る。

 エンルフは少し端に寄ると、空を眺めた。


「なぁ、仲良くするってどうするんだ?」

「なんだいきなり、女の悩みか?」


 グロードは少し笑う。


「……お前にするかよ。」


 そう返したエンルフを、グロードはまじまじと見た。


「何かあったか?」

「……髭面はモテねぇぞ。」


 髭をなぞってグロードはキョトンとする。

 酒をあおってエンルフは寝転んだ。

 ――また、会いに行こう。

 そう思って目を閉じた。


 物陰の気配にも気づかずに。


 *


 エンルフは次の日も、西に向かった。

 締め付けられるように胸が痛む。

 指が震えた。

 目の焦点が合わなくなる。

 

 ――焼け。


 そんな声が聞こえた。

 エンルフは胸に手を当てると力を込める。


 手のひらに熱を集めた。

 じわじわと火の熱さが広がる。


 どく、心臓が止まる。

 エンルフの口が音を忘れたように動く。

 呼吸ができない。


 手を胸から離そうと思った。

 さらに景色が歪む。

 汗が地面に落ちた。


 けれどエンルフは続ける。


「ぅあ……あ!」


 無理矢理、エンルフは呪いを焼き切る。

 ラガルの心にエンルフの感情が流れ込む。

 ゾクゾク、そんな言葉が似合うような高揚感だった。

 気づけばエンルフは笑っていた。

 ラガルもつられて笑む。


 特大の炎が上がる。

 じわと、呪いが焼き切られる。


 心臓が動き出し、呼吸が戻る。


「っはぁ、あはは!」


 ――そうだ、それでいい。


 声が語りかけてくる。

 心地の良い感覚に、エンルフもラガルも身を委ねる。

 頭がふわふわとした。


 その感覚のまま、魔女がいる洞窟へと足を運ぶ。

 昨日と同じ洞窟にはあの女がいた。

 魔女はこちらを見ると、口を開けてじっと見る。


「あなた……呪紋はどうしたの?」


 その声には焦燥が含まれていた。

 ニコッとエンルフは微笑む。

 唇に人差し指を立てて、しっーと音を立てたあと。

 そのまま指に火を灯して、胸元に近づける。

 “じゅっ”とエンルフは言ってみた。


 魔女の顔が青ざめる。

 信じられないものを見る目だった。


「……あなた無茶苦茶ね。」

「すげぇだろ、オレ。」


 エンルフは右手の火傷の痕を見せないように、左手をヒラヒラと振る。

 しばらく魔女は呆気に取られたあと、思い出したかのように辺りを見渡した。

 しかし誰の気配もないことがわかると、ホッと胸を撫で下ろす。


「どうしたんだ?」


「……あなた、灰の目共に私の居場所を教えなかったの?」


 エンルフは首を傾げると、頷いた。

 魔女はそれを怪しむように見つめる。

 少しの間そうしていたが、魔女はやがて口を結ぶと意を結したように開く。

 体の影に隠されていたエンルフの右手に目をやった。


「見せなさい、その手。」


 エンルフが返事をする間もなく、右手に白い指が伸びる。

 彼の手が魔女に握られた。

 エンルフは思わず唾を飲んだ。

 その手の感触が触れるたび、ラガルの呼吸が楽になる。

 意志の強そうな瞳なのに、柔らかい女の顔は……懐かしさを感じた。


 魔女はエンルフの赤くなった掌を見ると、眉を寄せた。


「馬鹿なのね。」


 そう言うと、腰につけた小さな鞄から小瓶を取り出す。

 その中に入っていた軟膏を、指の腹で掬う。

 掌に塗りつけた。


「……。」


 エンルフは静かになる。

 なんで手当されているのだろう。


「これで……おあいこよ。」


 魔女はそう言ってフードを被る。

 目線を彼女は逸らした。

 

 エンルフは、少しだけ首を傾げる。


「……足りねぇな。」


 小さく呟く。

 魔女の手が、止まった。

 ラガルは、胸の奥で何かがじわりと広がるのを感じる。

 それは、もっと中を見たいという衝動だった。

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