空虚だな
廊下の片隅で金灰の髪の男たちが話をしている。
実験場から出てきたエンルフに気づくと、朗らかな顔をした片割れが話しかけてきた。
「……エンルフさん、あなた凄いんですね。」
長い髪を靡かせて語るのはグレイだ。
ラガルは記憶にあった彼より、随分と柔らかい顔をしているなと思った。
隣にいる同じ顔の男が、ムッとした表情でエンルフを見る。
エンルフは双子を見ると、しばらく見比べた。
「どっちがグレイで、どっちがソラスだ?」
「私がグレイで、こっちがソラスです。」
グレイは前髪で顔の隠れた男を指す。
ソラスは名指しされると、グレイの影に隠れた。
エンルフはふーん、と声をあげる。
それからソラスの方に顔を寄せた。
「隠れても意味ねぇだろ。」
ソラスの肩が僅かに震える。
それを見てエンルフは笑った。
「お前、そっちの“出来”じゃねぇだろ。」
「何の話ですか……?」
グレイが尋ねる。
エンルフはソラスを嘲笑うかのように、上から下まで眺めると言う。
「出来損ないの方はお前だな。」
ソラスの肩が、止まった。
――音が消える。
グレイの笑みが、ほんの僅かに歪んだ。
ソラスは背中を向けると、エンルフの前から去る。
追いかけようとしたグレイだったが、エンルフに引き止められた。
「離してください。
なんで酷いこと言うんですか。」
エンルフは首を回した。
それから、少しだけ間を置く。
「事実言っただけ。」
「ソラスは私にできないこと、沢山出来るんです。」
「知ったこっちゃないね。」
グレイは顔を赤くすると、エンルフの腕を引き剥がした。
「エンルフさん、そういうこと……平気で言うんですね。」
そう言うとグレイは去っていく。
エンルフは初めて言われた言葉に、何も言い返せなかった。
舌の根が縮こまったかのようだ。
エンルフは、しばらくその場に立っていた。
何も言えない。
さっきまでは簡単に言葉が出ていたのに。
――うっせぇな。
胸に突き刺さった“何か”を無視するように。
エンルフは内心で唾を吐いた。
ラガルは息を飲む。
目の前の男が、止まっている。
壊れているわけでも、怒っているわけでもない。
ただ、どこにも行けなくなっているように見えた。
――ほらな。
耳の奥で、声がした。
エンルフはその声を掻き消すように、頭を掻く。
そのまま腕を投げ出すと、外に出かけた。
足取りは軽いはずなのに、妙に地面は固い。
いつもなら笑っている。
けれど笑えない。
――そういうこと平気で言うんですね。
グレイの冷めた声が繰り返される。
それが頭から離れない。
「……は。」
笑い飛ばそうとした。
けれど出来なかった。
胸のどこかに棘が残る。
――空虚だな。
また声が聞こえた。
今度はもっと近く。
エンルフは塔の壁に背を預ける。
胸の奥がざわつく。
「うるせぇって……言ってんだろ。」
吐き捨てるように呟いた。
けれど、完全には消えない。
エンルフは顔を歪めると、そのまま歩き出した。
考えるのをやめるように。
気がつけばだいぶ遠くに来ていた。
風がびゅうと吹いている。
立ち枯れの木が並んでいた。
彼は臆せず荒れ野を歩く。
【あまり西には行くなよ。】
グロードにそう言われてたのを遅れて思い出した。
しかし、忠告を守るような男ではない。
枯れたままの黒い花を踏みつけて、エンルフは更に奥へと進んだ。
なんとなく、風が澱んで、薄ら寒くなってきたような気がする。
空は赤銅の色に変わり、太陽は今まさに落ちようとしていた。
進めど進めど光景は変わらない。
首を傾げたエンルフは辺りを見渡す。
立ち枯れの木がエンルフを手招いているように見えた。




