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もう、遅い

 銀の塔に戻ったエンルフは、楽しそうに戦場報告を聞いていた。

 アルダの軍は壊滅。

 結果としてエイシュが勝ったという報告に、笑みを深める。

 それを面白くなさそうに、エイシュ神族の一人である男は見ていた。

 顰めっ面でエンルフを睨む。

 視界の端でその様子を捉えたエンルフが、ニッと微笑んだ。


 すると益々険しい顔になって、エンルフに食ってかかった。


「誰だ、コイツを塔へ入れたのは。

 危険だ。」


「問題ない、ムルト。」


 グロードがすかさずエンルフを庇う。

 しかしムルトは、エンルフを睨むことをやめずに見つめ続けた。


「……臭う。」


 ムルトは言う。


「なぁ、オレそんなに怖い?」


 エンルフはムルトを覗き込む。

 しばらく無言が続いた。

 けれど、グロードにエンルフは、腕を引かれてその場を後にする。

 ムルトは、最後まで視線を外さなかった。


 連れて行かれた先は、なんらかの実験場だった。


 管が、脈打っていた。

 紫の光が、血のように流れている。

 それらが檻の中に繋がっていた。


 エンルフは目を凝らす。

 そこに居たのは、様々な動物を組み合わせた歪な生き物だった。


「うげ、キモ!」


 思わず後ずさる。

 ラガルはその生き物の姿を見て、落ち着く。

 懐かしい、とすら思った。


「……そうか。」


 それだけで十分だった。

 グロードは管に繋がれた命を見て言う。


「これは“魔獣”だ。新しい兵器。」

「……いいねぇ、ちゃんと腐ってるじゃん。」


 エンルフは、笑いながら見渡した。

 視線が刺さる。


「――やれ。」


 グロードは檻の一つに手をかけて、扉を開ける。

 鋭い牙を持った生き物が、口から涎を垂らす。

 管に繋がれたままの魔獣が、ゆっくりと出てくるのが見えた。


「加減はいらん。」


 魔獣がエンルフ目掛けて、飛びかかる。

 何かが走った。


 ラガルは思わず、避けようとした。

 けれどエンルフは動かない。

 それどころか、前に強く踏み込むと斬撃ごと魔獣を燃やす(・・・)


 仰け反った魔獣の口に手を突っ込むと、何かを探るように動かした。


「はぁ、詰め込みすぎだろ。」


 グロードの眉が動く。

 エンルフは頬を上げながら、掌に力を込めた。

 ぼぼぼっ、と音がして魔獣の口から炎が上がる。

 繋がっていた管が膨れ上がって、破裂した。


 ペチャペチャと紫の液体が降り注ぐ。

 エンルフの頬に液体が跳ねた。


「うん、上出来。」


 ゆっくりと手を引き抜く。

 そのまま、グロードに語りかける。


「――どうだ?」


 グロードは何も言わずに口の端を上げた。

 それから拳を差し出すと、軽くエンルフの手にぶつける。


「気に入った。」

「オレも。」


 ラガルはそこで扉の影に人影がいることに気づく。

 流れるような金灰の髪の、男。

 一方は前髪でよく顔が見えなかったが、同じ顔をした二人だ。


「……おかしいですね。」

「異常だ。」


 そんな会話が聞こえてくる。

 エンルフがそちらを向こうとしたとき、ムルトがやって来た。

 双子はそそくさといなくなり、代わりに彼が入ってくる。


 魔獣と焼け爛れた管を見て、グロードに言う。


「切り捨てるなら、今だ。」

「しつこい。」


 グロードはムルトの言葉を遮った。

 ムルトは銀色の瞳をこれでもかという程、見開きグロードを見る。

 エンルフは笑ったまま、ムルトの肩を叩いた。

 グロードの手が、エンルフの腕を掴んだ。


 空気が、冷えた。


「所詮お前も“失敗作”だな。」


 ムルトはグロードに言う。

 グロードの黄金の瞳が僅かに曇る。


 ムルトは舌打ちを一つ残して、踵を返した。


「……後悔するぞ。」


 その言葉だけが、重く落ちる。

 エンルフは肩を竦めた。


「するかもな。」


 いつものように笑っている。


 ラガルは、目を離せなかった。

 ――もう、遅い。

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