声
――解放せよ。
また、あの声が聞こえる。
今度はハッキリと。
「……誰だ。」
ラガルは尋ねた。
しかし答えは返ってこない。
頭の奥で声が響く。
――燃やせ。
「……やめろっ。」
気づけば、視界が変わっていた。
炎が、勝手に噴き出す。
「うるせぇな!しつけぇんだよ!」
自分の声じゃなかった。
ラガルは反射的に手を動かそうとしたが、動かない。
視界が勝手に動く。
「オレは誰の指図も受けねぇ!
消えちまえこんなクソッタレな声!」
周囲の森が燃えていく。
やがて雨が降り出した。
水溜りに映った顔を見て、ラガルは息を呑んだ。
ウラガフがいた。
——いや、違う。
よく似ているだけの、別の男だった。
男は水溜りを踏み潰した。
「クソ!」
その苛立ちが、そのまま流れ込んでくる。
むかつく。
……いい、と一瞬思った。
違う。
これは俺じゃない。
今までラガルが感じてきたどんな事よりも苛烈だった。
あまりの強さに吐き気がする。
「ああっ!むしゃくしゃする!
どいつもこいつもオレを狂人扱いして。」
男は木に火をつけた。
すぐに雨で消えたが、それでいいらしい。
「……退屈。」
男が顔を上げる。その先の空には銀に輝く世界樹が見えた。
「いっその事、“声”に従ってみるのも……悪かねぇか。」
瞳が細くなる。
男はそう言うと歩き出した。
森の焼ける匂いが鼻につく。
雨足は強くなっていく、遠くで雷鳴が聞こえた。
男は足早に駆けると、森を抜けようと急ぐ。
すぐ側で雷鳴が聞こえる。
「……騒がしいな。」
不意に、別の声が割り込んだ。
ラガルはその声に一瞬、ドキリとする。
その低い声は聞き覚えのある声だった。
男が先を見る。
するとそこには赤い髪の恰幅のいい男が立っていた。
豊かな髭を蓄えたその男は、こちらに近づいてくる。
雷光のような黄金の目でこちらを睨む。
「ここで何をしている?」
「……火遊び。」
素直に答えることにした。
目の前の男の額には銀の石が輝いている。
その証を持つものは一人しかいないからだ。
「この火事はお前が原因か。迷惑なやつめ。」
目の前の男が戦槌に手を伸ばす。
「一応聞いておこう、お前の名は?」
「お前から名乗れよ、千人殺し。」
「名乗るまでも無いじゃないか、グロードだ。」
そう言ってグロードは顎を男にやった。
男は、一瞬間があって答える。
「エンルフ……そう呼ばれてる。」
聞き終えるとグロードは無言で戦槌を構えた。
エンルフは警戒しながら、口を開く。
「おいおい、オレは何もしてないぜ。
ただ、ここに居るだけだ。」
「黙れ、お前は巨人族だろう。
ノフサルか?アルスの信奉者か?
この銀の大地に足を踏み入れた時点で敵だ。」
「頭かてぇ!ただの家無しだって。見逃せよ。」
エンルフは間合いを一歩詰めた。
グロードの構えが、より厳しくなる。
(……違う。)
ラガルはそう思った。
声は同じだ。
だが、いつものイーヴァと彼は、何かが決定的に違う。
背筋に冷たいものが走るような感覚だ。
「本当にオレを殺す気?」
エンルフが恐る恐るグロードに尋ねる。
グロードは戦槌を構えたまま、言った。
「……この土地で火遊びとやらをしなければ許す。」
その言葉と同時に、地面が僅かに沈んだ。
「――いや、やはり気に食わんな。」
――殺せ。
会話の間に入り込む、あの声が。
その言葉と、動きが重なった。
雷鳴が強く響いた。
同時にグロードが、動く。
戦槌がエンルフの顔のすぐ側を掠めた。
地面が抉れるのが見えた。




