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使命

 ウラガフが辺りを見渡す。

 背後には先ほど抜けてきた森、目の先には大きな砦があった。ティーソエルたちの姿はどこにもない。


 イーヴァに担がれていたミムラスが激しく咳き込む。

 その様子を見たウラガフが言った。


「灰を吸いすぎたな。雪を口に含め。」

「言い方ってもんがあるでしょ……。」


 ミムラスは涙目になりながら雪を口に含み、すぐに吐き出した。

 シーナが顔を上げると、メフェルはじっと森を見つめている。


 ――予言どおりだ。


 バクバクと心臓が鳴る。

 苦しむラガルは、もう人ではないのかもしれない。エンルフという怪物に呑まれてしまったのかもしれない。


 倒れる直前に向けられた、あの目を思い出す。


 ――助けて。

 ――殺してくれ。


 シーナの手が震えた。


 もしもう戻れないのなら。

 人であるうちに自分が、終わらせるしかない。


「シーナ?」


 ミムラスが不安そうに見上げていた。

 シーナは慌てて表情を繕う。


「……なんでもないよ。」


「デカブツ、あんな顔で頼るやつじゃないよ。」


 その言葉に、メフェルが奥歯を噛み締めた。


「怖くなんかないわ。……あの人はあの人よ。」


 僅かに赤くなった腕を撫でて、メフェルは先へ進む。


「行きましょう。早く。」


 シーナは、そう言い切れるメフェルが怖かった。


 *


 闇の中で、何かが蠢いている。

 見ている。見られている。

 黒い星が燃えるようにこちらを見下ろしていた。


 耳の裏を這うような声が響く。


 お前の使命はなんだ。


 そんな夢を見て、ラガルは目を覚ました。


 汗がじっとりと肌にまとわりついている。

 ティーソエルが焚き火の側で、ラガルのことをじっと見ていた。


「……ここは。」


 ティーソエルは答えない。

 その瞳は夢の中で見た、黒い星のようでラガルは一瞬、怯む。

 ラガルの顔が強張ったのを見て、ティーソエルは笑顔になった。


「お兄ちゃん、おかえり〜。」


 場に不釣り合いなほど明るい声が聞こえる。

 ラガルの頬をティーソエルが両手で挟む。


「やめ……ろよ。」


 そのまま揉みくちゃにされるのを、ラガルが止めようとする。

 炎が勝手に手から漏れた。

 慌てて、ティーソエルは手を引く。


「危ないでしょ!」

「っ……俺の意思じゃ……ねぇ。」


 瞬間、頭が打たれたように痛くなる。

 体の中で何かが暴れ狂うように、熱くなるのを感じた。

 ひくひくと口の端が持ち上がる。


「……ティー……離れろ!」


 胸の内がドロドロと溶けたように、痛い、熱い。

 その熱さを吐き出すように、炎が燃える。


「また壊れてやんの。」


 その声すらラガルには聞こえない。

 ただ衝動が爆発するように、噴き出る。


 ラガルは苦しいと思った。

 けれど同時に――。


(あ……これ。)


 埋まる、そう思ってしまう。

 炎が燃え広がる様が心地いい。

 灰色の世界を塗り潰す。


 赤が気持ちいい。

 ああ、立ち昇る。

 燃えろ。

 消えてしまえ、全部!


 ――そうだろう。


 頭の中で声がする。

 その度に意識が朦朧とするのがわかった。


 ――もっと、もっとだ!


(ああ……見たい。)


 指先から火花が踊る。

 閃光が手を招くように揺らめく。

 

 ――お前はオレだ。オレがお前だ。


(違……は……オレだ……。)


 もはや、自分で何を考えているのかもわからなかった。

 ただ流されるように、意識が霞んでいく。


 ――思い出せ、灰の目に何をされたのか。


 すぐ耳元で声がする。

 ラガルは息を止められたように、仰け反った。


 そうだ……オレは。


 意識が彼方に沈んでいく。

 白く揺らぐ景色の果てで、女がこちらを見ていたような気がした。

 

 何かを彼女が言いかける。

 ——聞かなければならなかった。


 けれど意識はすでに飲まれていた。

 

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