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触れたら壊れる

 それは久方ぶりに見る光景のようだった。

 炎に染まる葉の色。

 灰へと変わる幹。

 そして木の崩れる音が聞こえる。


 短く息をした。

 肺が熱い。


 それよりももっと熱いものが触れている。

 目線を下すと、柔らかな髪が見えた。

 メフェル。

 そう口にする前に、彼女と視線が合う。


「……ラガルね。」


 メフェルがそう言う。

 ゆっくりと頷いた。


「そう、あなたなのね……。」


 メフェルはラガルの胸に顔を埋める。

 その声はただの安堵ではなかった。

 別の感情が混ざっていることはラガルにもわかった。

 

 ラガルはメフェルを突き放す。

 今もまだ、体が勝手に動き出しそうな感覚があった。


 自分の声じゃない何かがうるさい。


 メフェルが目を丸くしている。

 だが、ラガルは思っていた。

 彼女に触れる権利がない、と。


(触れた瞬間に壊れる。)

 

 それだけは確かにわかっていた。

 また世界が暗くなっていく。

 音が遠のく、シーナたちも見えた。


 無意識に掴もうと腕を伸ばしてしまう。

 けれど、それすらもままならない。

 ただ闇へと落ちていく。


「ぁあ――。」


 また、視界にひらひらと舞う羽が見える。

 淡く光る美しい蝶。


 俺はきっとあれになりたかった。


 足元のすぐそばで小さな蛾が死んでいる。

 ピクピクと動くそれは、黒い眼でラガルを見ていた。

 視線を逸らしたまま、ラガルの足が踏み潰す。


 ぷちゅり。


 嫌な音がして、意識は黒く塗りつぶされた。



 どさり、とその場に倒れるラガル。

 メフェルは駆け寄ろうとしたが、ティーソエルが前に出てきたことで止められた。


「あーあ、何したのお姉さん。」

 

「……待ってなさい。」

 

 メフェルは小さく、噛み殺すように呟く。

 

「ティー!」


 ウラガフがティーソエルに歩み寄った。

 悲痛な面持ちでティーソエルに話しかける。


「なぜ、なぜ私を裏切った。

 お前はそんな子じゃないだろう。」


「うーん、だってそうしろって……。

 父様に言われたんだもん。」


「父様がそんなこと言うはずない!」


 その声が鋭くティーソエルに刺さった。

 ティーソエルは困ったように、眉を顰める。


「言ってるよ、今も言ってる。

 ……お兄様、それより、ボクたち行くね!」


 ティーソエルが影を見た。

 炎に照らされて、それは明滅するように揺れている。

 軽く舌打ちするとラガルを掴んで、煙の中に飛び込んだ。


「待て!」


 ウラガフが続いて煙の中に飛び込もうとする。

 しかし、メフェルに腕を掴まれて進めない。


「離せ、何故だ!」


「こんなに視界が悪い中、離れたらお互い位置が見えなくなるわよ。」


 メフェルが煙の先を指す。

 もう既にティーソエルの背中は見えなくなっていた。


「アタシたちも早く……げほ!逃げた方がいいかも!」


 ミムラスが口を押さえながら、火の手の回ってない道を指差す。

 シーナも涙目になりながら、その道に向かう。


「そうだな、このままだと焼け死ぬ。」


 イーヴァがウラガフを見る。


「ここで死ねないだろ?」


 ウラガフは煙の先を見つめると悔しそうに、口を歪めた。そして小さくティーソエルの名を呼ぶと、ミムラスの指し示した道へ走り出す。


 煤だらけになりながら、一同は火の手が迫る森の道を走り抜けた。


 赤い空が遠くなっていく。

 背を向けて走り続けるうちに、空気が戻ってきた。

 夜風が焼けた灰を運ぶ。


 森を抜けて、一同は銀の大地についていた。

 呼吸音だけが残る。

 誰もラガルの名を口にしなかった。

 

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