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災厄の王

 棘が足に刺さってもメフェルは気にしなかった。

 木々の隙間を縫うように駆ける。

 灯りのない道でもラガルの居場所がわかるかのように。


「もう置いてかないで!」


 泣きそうな声だった。

 魔の濃い方へとメフェルは進んでいく。


 シーナたちもそれに続いた。

 進むごとに雪の丈は短くなって、土の匂いが増す。

 ウラガフは大股でメフェルより先に進み出した。


 あっという間に差は開く。


 剣が木々を払いのけ、後ろには道ができる。

 メフェルの静止の声を無視してウラガフは進んだ。


 殺してやる。

 その思いだけが彼を突き動かしていた。

 息が浅くなり、剣を持つ手に力が入る。

 足の裏が地面を蹴るのを遅く感じるほどに、気持ちは急いていた。


 やがて木々の隙間に光が見えた。

 暗闇の森に似つかわしくない、光。


 獣たちの足音が響き、すぐ側を一頭の鹿が逃げていった。


 光は最初ちらちらと見えるだけだったが、次第に勢いを増して轟々と音を立てる炎へと変わる。

 木々が軋む音に燻んだ煙の匂い、目に染みる灰がぶわりと舞う。


 その奥に人影が見えた。

 二つの影だ。


 暴れ狂う炎の傍らに、ひとりの少女が立っていた。

 近づくまでもない。


 ウラガフはラガルを見つけて最初は襲いかかるつもりだった。

 けれど。


「……。」


 言葉を失う。


 目の前にいる男は、泣き笑うような苦悶の表情でその場に縮こまる。

 しかし、その身から溢れている魔は尋常ではない。

 炎の化身が踊っているようだった。

 溢れ出した火が、渦を巻いて立ち上り、景色を溶かす。


 ウラガフに襲いかかる熱風が彼の外套を焦がした。

 嫌な匂いが、鼻に付く。


「化け物……。」


 思わずウラガフは呟いた。


「私はなろうとしていたのか……あんな怪物に。」


 ラガルの側で引け腰になっていたティーソエルは、猫撫で声でラガルに話しかける。


「お兄ちゃん、落ち着いてよ。

 追いつかれちゃったじゃん。」


「……うるさい……うるさいっ!」

 

 ラガルが手をティーソエルに振るう。

 その先から僅かに氷が出た。

 しかし、すぐに氷の内側から炎が食い破るように吹き出す。


「うるせぇ!黙れ!何もかもがうるさい!

 ……俺から出てけ!オレの中から出てけ!」

 

 赤みがかった紫の髪を振り乱し、ラガルは叫ぶ。

 炎に同化するように、髪の先が揺らいだ。

 

 ――燃える世界。

 ――泣き叫ぶ声。

 ――手の中で崩れた小さな命。


「やめろ……思い出させるな……!」


 ラガルはよろよろと後ろに下がる。


「もうやめてくれ。

 知らない、わからない!」


 両目から涙を流しながら、暗月の空を見上げた。

 紫炎の瞳が闇を見据えて、更に黒くなったように見えた。


 小枝の折れる音がした。


 メフェルが、ウラガフの背中を越えて男を捉える。

 シーナも少し遅れてその場に着いた。


「……ぁ。」


 男の長い髪の隙間から瞳が覗く。

 シーナは目が合ったと思った瞬間、背筋が反りかえるほどの悪寒に襲われた。


「メ、メフェルさん!逃げましょう!」


 シーナはメフェルの腕を引っ張った。

 だが、彼女は動かない。

 そのまま立ち尽くしたように男を見ている。


「エンルフ。」


 そしてそのまま抜け落ちた表情で彼女は言った。


「え?」


 シーナが聞き返す間もなかった。

 炎が二人目掛けて飛んでくる。

 すぐさま、シーナはメフェルを押し倒した。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


 男が叫ぶ。

 また炎が吹き出す。


 いつの間にか追いついたイーヴァが前に出た。

 勢いよく踏み込んで、男を叩き潰そうとする。

 バチリ、と槌から火花が飛び散る。

 しかし、炎の壁に阻まれてそれ以上押し通すことができない。


「はは……弱い、弱いなぁグロード。

 お前は髭も無くなりゃ、玉もねぇ能無しだ。」


 男が髪を掻き上げる。

 半分あらわになった顔を見てシーナとミムラスは驚いた。


「ラガルさん……?」

「ラガル!」


 男は一瞬だけ、きょとんとした顔をした。

 

「うん?……あれ、ここどこだっけ?」


 くつくつと彼は笑う。


「違う……コイツはもうラガルなんかじゃない。」


 イーヴァが吐き捨てるように言う。

 近くにいながら止められなかったことを強く悔いた。


「災厄の王、エンルフだ。」

 

 

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