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檻の中で笑え

 魔族。

 シーナは、そう教わってきた。

 闇から生まれた穢れの民だと。


「お前たちの間では我々は、世界の出涸らしだそうじゃないか。」


 ウラガフは目を伏せる。

 

「古い時代を知る巨人たちの殆どは、エイシュとの戦いで死んでしまった。」


 ウラガフは前を見ながら語る。

 シーナは魔族を実際にこの目で見て、多くのことを知った今、エイシュの教えが正しいのか揺らいでいた。


 少なくとも、飢えも怒りも抱えた“人”にしか見えない。

 それが、シーナはたまらなく恐ろしかった。

 “魔族は化け物”そう教わってきたはずなのに。


 今まで接してきた彼らはそうじゃなかった。


「私たちは奪われすぎた。

 土地も。名前も。誇りでさえも。」


 ウラガフの言葉に場が静まり返る。

 シーナはその言葉に体が固まった。

 まるで罪を責められているかのように、思えた。

 

 イーヴァはウラガフの顔を見ることなく、話す。

 

「俺たちは奪った側だが、多くの同胞が魔族に奪われた。」


 ウラガフの足が止まった。

 イーヴァは続ける。

 

「……魔法を持たない俺たちは無力だった。」


 誰も何も言えなかった。


「無力、だと?」


 ピクリとウラガフの口の端が動く。


「奪った側が……よく言えるな。」


 その声には、押し殺した熱が混じっていた。

 足が、僅かに止まる。

 ミムラスが忙しなく、両方の顔を見ている。

 メフェルは口を結んでいた。


 このままではまずいと思い、シーナは慌てて口を開いた。


「そ、その。別の話題……にしませんか?」


 本当はもっと聞きたかった。

 だがこれ以上続けるのは危険だと思い、消え入りそうな声で提案する。


 ウラガフは再び歩き始めると、イーヴァの方を見て呟く。


「グロード殿……今はやめておこう、互いにな。」


「だな。」


 一瞬、ウラガフの目が鋭くなった。


 だが、二人は頷き合うとばらばらに歩いていく。

 内心ほっとしたシーナに、ミムラスがコツンと拳をぶつける。

 よくやった、の合図だった。


「……洞窟を抜けたら、ウレラム(氷の土地)中央に出る。」


 ウラガフが今後の道のりを話す。


「そこから南に下がって、黒い森を抜ければ銀の大地だ。」


 何番目かわからない曲がり角を曲がって、歩き続けたところで空気が変わる。外が近い。


 雪が舞い込む。体の底から熱を奪う風が吹いて来る。


 メフェルが足元を見ると、二人分の足跡が見えた。

 まだ雪に覆い隠されておらず、新しく見える。


 ウラガフもそれを見つけると、一回り小さな足跡に触れて前を向いた。


 足跡は途切れていない。

 膝丈が埋まるほどの雪を掻き分けながら進む。

 ミムラスはどうやっても体全体が埋まってしまうので、イーヴァに抱えられながらの移動となった。


 洞窟と同じように雪が溶けた後が見つかる。

 薄氷の張った水跡が残っていた。


「ソリがあれば早いんだがな。」


 ウラガフが溢す。


「作ろうよ。」


 ミムラスが反応して、言葉を返した。

 ウラガフは苦笑する。


「できるものならな、だが今は無理だ。」


 小さく肩を窄めて彼は言う。


「影もない、この大雪であればティーも魔法を使えない。

 幸運だった。」


 見渡す雪原には日を遮る者が何もない。

 まばゆい白が反射して目が痛かった。


「夜になれば影ができる。

 影で移動されたら終わりだ。」


 ウラガフは言った。

 メフェルは歩みを早める。


 迫り上がった雪山や、氷の棚が視界の隅に映る。

 もしも急いでなどいなければ、広大な景色に一息ついていたはずだ。

 そうして進み続けると日も赤く染まり、やがて空の端が闇色に変わり始めた。


 薄く星々が見え始め、急激に温度が下がる。


 ウラガフが焦り始めた頃、遠くに背の高い影が見えた。

 それはシーナたちにも見えた。

 人ではない。

 黒い木の影だ。


 銀の大地が近い。

 シーナは喜ぶとともに、安堵する。


 自然と肩の力が抜けた。

 でも、胸の奥の不安は消えない。

 メフェルがウラガフに話しかける。


「……森だったら木陰がたくさんあると思うけれど。」


「まずいな。」


 ウラガフが眉を顰めた。


「追えるだけ追えばいいじゃん。

 まだ足跡があるよ。」


 イーヴァに担がれたミムラスが、指を指す。

 足跡は吸い込まれるように森へと続いていた。

 魔法を使っていないことを願って、森へと続く足跡を追う。


 黒い森に差し掛かる頃にはすっかり日も暮れて、星々がハッキリと見えた。

 影の心配をする前に、地面の足跡も見えないほど暗い。


 ウラガフが舌打ちをする。


 メフェルは周囲の魔の痕跡を調べるべく、地面にしゃがみ込んだ。

 そのときだった、轟音と共に空を赤く染める光が森の奥から噴き上がり、周囲の木々を燃やす。


 メフェルはすぐに駆け出した。

 

 

 

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