手遅れ
吹雪の音と雪の匂いが、洞窟の外から流れ込んでくる。
いつの間にか血の跡は途切れ、足元には一本の道だけが残っていた。
シーナは身震いした。
(無事だよね……。)
そう思うほど足が重くなる。
外の光が洞窟に差し込む。
三人が雪の中に足を踏み入れると、眼前には巨大な青い石の建造物が見えた。
それは石をくり抜いたものだったが、複雑な意匠が掘り込まれ堂々と聳えている。
「ここね。」
メフェルが冷えた声で言った。
そしてそのまま入り口へと向かおうとするのを、イーヴァが止める。
「待て、考えなしに突っ込むな。」
「離して。」
「二人に何かあったらどうすんだ。」
頭に血が昇っているメフェルをイーヴァが宥める。
メフェルは悔しそうな顔をすると、建物を見上げた。
窓に人影はなく、人の気配もなさそうであった。
「誰も見えないわよ。」
シーナは恐る恐る、一番近い窓を確認する。
すると丁度、廊下を歩いていた女と目が合った。
しまったと、隠れるのも遅い。
相手がほんの少し止まった。
何も言わない。
空気が張り詰めた。
――逃げなきゃ、と頭のどこかが叫んだ。
次の瞬間、くぐもった叫び声が窓越しに聞こえてきて、戦士たちが飛び出す。
あっという間に一同は囲まれて、槍を向けられてしまった。
「す、すみません。」
「……この方が好都合だわ。」
各々、武器を取り上げられると縛り上げられ、館の中に連れ込まれる。
シーナは耳を澄ませて、ラガルとミムラスの声を探す。
地下へと続く階段に差し掛かって、ようやくミムラスの声が聞こえてきた。
泣き声だったが、生きてることがわかって緊張の糸が解ける。
三人は牢に放り込まれると、そのまま放置された。
野晒しよりは少しマシ程度の寒さに、夜のような暗がり。
灯りは柵の向こうの松明くらいだった。
揺れる影が、シーナの不安を映し出す。
そこに小さな声が聞こえてきた。
「みんな……?」
声は向かいの牢からだ。
シーナはよく目を凝らすと、見覚えのある姿を見つける。
ミムラスだ。ミムラスが泣き腫らした目を擦りながら、信じられないものを見た顔をしている。
「ミムラス!」
シーナが檻に駆け寄ってミムラスの名前を呼んだ。
するとミムラスは大粒の涙を流しながら、シーナたちに言う。
「遅いよぉ!なんで捕まってるの!
怖かったよぉ……っ!」
ミムラスはその場に座り込んで、勢いよく泣き始めた。
看守が檻を強く叩く。
その音にミムラスは肩を震わせて、またポロポロと涙を流し始めた。
「何があったの、ミムラス。」
メフェルが小声でミムラスに聞く。
ミムラスはしゃくり声を上げながら、今まで会ったことを話し始めた。
「わかんない。ただ脅されて。
アタシずっと泣いてて……。」
「ラガルはどうしたんだ?」
イーヴァが尋ねる。
ミムラスはそれに首を振った。
どうやら二人は別の牢に入れられていたせいで、わからないようだった。
「イーヴァ、縄は外せる?」
「外せる。でも鍵が要る。」
そのとき、階段を下りる音がした。
狼狽える看守の声と男の話す声が聞こえて、一人分の足音がこちらに向かってくる。
イーヴァは体を前に傾けて、いつでも飛びかかれるようにした。
一同の前に現れたのは、ウラガフだった。
メフェルたちの視線が一層鋭くなる。
けれど、ウラガフの様子は以前会ったときに比べて、おかしい。
揃えられていた髪が乱れ、憔悴しきった様子だった。
あの威圧するような覇気がない。
そして何よりその顔色がものを言っていた。
色の薄い肌は蒼白とも取れるほど白くなって、今にも倒れそうだった。
誰一人として心配はしなかったが、その異様な様子には皆が目を向けた。
ウラガフは膝をついて屈むと、鍵を取り出して、牢屋を開いた。
扉が甲高い音を立てた瞬間、縄を千切り捨てたイーヴァがウラガフに襲いかかる。
ウラガフは避けることもなく、床に倒れた。
看守が叫ぶ声が聞こえる。
すぐにイーヴァがウラガフの首に手を押し当てた。
そのままウラガフを起こして盾にする。
「動くな、ラガルと交換だ。」
イーヴァが鍵を足でシーナたちの方に蹴ると、メフェルが急いでミムラスの牢を開けに行く。
看守は、しばらくイーヴァを睨んでいたが、ウラガフの一言で武器を手放した。
「随分と潔いな。」
「……ふふ、もう意味がない。
ここにコルプトはいない、ティーソエルも。」
イーヴァの問いにウラガフは掠れた声で笑う。
ウラガフのその瞳は明らかな動揺を隠せずにいた。
「どういうこと!」
メフェルが大声をあげる。
問い詰めようと近づくのを慌ててシーナが静止する。
(もしかして嵌められたんじゃ……。)
シーナの脳裏には嫌な可能性が浮かんでいた。
けれどその可能性を否定するようにウラガフは口を開く。
「裏切られた……ティーソエルに。
奴はティーと一緒に消えた。」
「本当のことを言え、お前たちの目的はなんだ?」
イーヴァはさらに強くウラガフを締め上げた。
「……目的?そんなもの、まだあると思ってるのか。」
「さっさと言え!」
大声でイーヴァが脅すと、ぽつぽつとウラガフは語り出す。
これまでのこと、いったい何があったのかを。




