傀儡の王
「ふざ、けるなぁああ!」
ウラガフの叫びと共に、剣がコルプトに振るわれる。
振り返ったコルプトは目を見開いていた。
虚を突いた攻撃に誰もが、勝ちを確信する。
ヴィータナグの口の端が上がり、ウラガフの中で炎が燃えた。
観客たち誰もが息を呑んだ。
殺意の乗った一太刀が彼を襲おうとしたとき、寸前で祖父の声が響いた。
「そこまで!」
ピタリとウラガフの動きが止まる。
頬は涙に濡れていた。
コルプトは動かない。
いや、動けない。
首を傾げて、目の前の男を見ていた。
祖父に命を救われたことなど頭にもなかった。
「何をしておられる!」
ヴィータナグの抗議の声が聞こえる。
だが、祖父は声が聞こえないかのようにコルプトを見つめていた。
そして広間に立つ若者たちを見つめて、満足そうに頷く。
残った若者は両手で数えるほどだった。
「今年の選ばれし若者はこの者たちとする!
そして、黒王の器に相応しいのは……。」
祖父は厳かな足取りでウラガフとコルプトの二人に近づいてくる。
ウラガフは剣を突きつけた姿勢のまま、目線だけを祖父に向ける。
しわがれた手が刃に触れ、そっと下ろすように促した。
しばし間があって、剣は下ろされる。
ウラガフの唇は噛み締められたままだった。
祖父は二人の間に割って入る。
「コルプト、お前だ。」
言葉と共に祖父はコルプトの手を握る。
祖父は、喜びを抑えきれぬように笑った。
後ろでウラガフの表情が消える。
まるでこの世の終わりが訪れたかのように、フッと瞳の光が抜け落ちた。
「お義父さま!あんまりです!」
ヴィータナグはすぐさま声を荒げた。
そして祖父につかみ掛かろうと、近づいて腕を伸ばす。
祖父は腕一本でヴィータナグを制すと、睨みを効かせた。
「口を出すな。儂がエンルフを間違えるはずがない。
予言の者はコルプトに違いない。」
ヴィータナグは顔を赤くして、なおも続けた。
「それは不実の子だ。
ウラガフを差し置いて……何を言う!」
「何よりも優先されるのは予言だ。」
祖父はヴィータナグを一度も見ることなく、話す。
血管が浮き出るほど怒る彼は、コルプトを見ると矛先を変えた。
「お前のせいだ!お前のせいで全てが狂った!」
コルプトはヴィータナグを水晶のような瞳で見つめる。
それは母と同じ瞳だった。
ヴィータナグは拳を振るおうとして思い止まる。
「覚えておけ!」
そんな捨て台詞を吐いてヴィータナグはどこかへ去っていった。
取り残されたウラガフはその場に崩れ落ちる。
祖父は手を貸すことなく、ただ敗者を見下ろしてポツリと呟いた。
「空っぽの男に王の夢を見せたか。」
そう言い残してコルプトの背中を手で押す。
コルプトはウラガフから目が離せなかったが、祖父に促されるまま建物に入っていった。
そのまま祖父の部屋へ通される。
部屋に入ると、祖父はようやく息をついた。
「コルプト。」
祖父の手がコルプトの頭に乗った。
そしてその手が左右に動く。
「よくやった。」
コルプトは首を傾げた。
「あの大戦で生き残ったのは儂くらいのものだ。」
祖父は思い出すように、話し始める。
その声は普段よりも柔らかく、温度のあるものだった。
「ウラガフは見目こそ似ているが、あの方ではない。」
祖父の手が止まる。
コルプトはそれをただ見つめていた。
祖父はコルプトの目を見て、悲しい顔をする。
「……お前もまた儂の傀儡か。
空の器を育ててしまったのは儂もだ。」
コルプトの冷たい手を何度も祖父は握った。
鱗のある体も、白い肌も、全て血の似通った証であるのに、心だけは通わない。
祖父はコルプトの手を離す。
「お前であれば儀式に耐えられると思っている。
くれぐれも飲まれるなよ。」
コルプトはゆっくり頷いた。
祖父はその様子を見ると満足そうに、息を吐く。
そして部屋からコルプトが出るまで、背中を見つめていた。
その心が軋み始めているのも知らないで。




