夜を聴く者たち
その日、コルプトは久々に墓場に来ていた。
幼い頃はあんなに広かった洞窟が、今は少し狭く感じる。
「母様。」
夜空を模った黒い天井を見つめ、墓石にコルプトは寄りかかった
冷たい石の温度が、あの日、眠りについた母に似ている。
コルプトの長い髪が肩から落ちた。
そのまま目を閉じて、眠るように息を立てる。
こうしていると落ち着くのだ。
静かな洞窟に夜のしじまが訪れる。
……耳を預けすぎてはいけない。
コルプトはそう思いながらも、真空の音から離れられずにいた。
それは遥かな空の死者の声だ。
きっと母の声でもある。
けれど、心奪われてはいけないものでもある。
「何してるのお兄ちゃん。」
コルプトが墓石から離れようとしたとき、背後から声がかかる。
ティーソエルがそこにいた。
「……ティー、お前こそ何をしておる。」
「毎日来てるよ。」
「ここは天の間だ。あまり来る場所ではない。」
そう言ってコルプトは立ち上がると、ティーソエルに近寄る。
一番母に似た末のティーソエルは、華奢で体が弱い。
コルプトは告げた。
「付き人はどうした?」
ティーソエルは首を傾げると、笑ってみせる。
「抜け出してきちゃった。」
「また、熱を出す。寒いぞ。」
「それはお兄ちゃんも同じでしょ。」
光の灯らない瞳とは対照的に、ティーソエルはよく笑う。
コロコロと変わる表情は、コルプトも興味深いと思っていた。
里の者はコルプト以上にティーソエルを忌んだ。
父は知れず、その力は夜そのものだった。
「お兄ちゃん、聞こえる?
ここは空の音がするんだよ。」
「……聴きすぎるな、ノフスに心を奪われる。」
ティーソエルは後ろに手を回すと、かがみ込んでコルプトを見上げる。
底の見えない紫の瞳が、コルプトの薄い瞳を覗き込んだ。
「聞いたよ、お兄ちゃん。
ウラガフお兄様と戦うんだって?
お兄様、懲りないねぇ。」
楽しそうに笑う三日月の口が言葉を続ける。
「勝つのはお兄ちゃんに決まってるのに。」
「……お前はウラガフの味方ではないのか。」
コルプトは少し目を開く。
意外なものを聞いたというふうだった。
ウラガフはティーソエルに甘い。
ティーソエルも同じようにウラガフに甘い。
「だってお兄様、稽古でお兄ちゃんに勝てたことないもん。」
そう言ってティーソエルは剣を構える真似をする。
確かに記憶にある限り、コルプトは弟に負けたことがなかった。
「それにね、ティーは全部わかってるんだ。」
「なにをだ。」
ティーソエルは人差し指を上に向けて、天井を指差す。
細く白い腕が黒の中で輝いた。
「お兄ちゃん、一緒にあそぼう。
こんな世界こわしちゃおう。」
コルプトは思わず怪訝な顔をする。
ティーソエルの言ってる事がさっぱりわからなかった。
「……退屈しているのか?」
ただわかるのはティーソエルが今、遊び相手を求めているという事くらいだった。
「うーん、そうじゃないんだな。
いや……そうなんだけど。
お兄ちゃんって変わってるね。」
コルプトはゆっくり目を瞬かせた。
まさか自分が一番そう思ってる相手に、同じ事を言われるとは思わなかったのだ。
「……ヨルにでも遊んで貰うがいい。
戻るぞ、長居しては風邪を引く。」
コルプトはティーソエルの頭に手を置くと、入り口へ行くように促す。
ティーソエルは頬を膨らませながら、洞窟の外へと向かう。
コルプトもその後に続いた。
だから彼は知らない。
天井の黒が僅かに蠢いていた事を。




