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何も守れぬ剣

 いつものように、窓際に座ってコルプトは本を読んでいた。

 数少ない娯楽として与えられた異国の本だ。

 文字は読めなかったが、挿絵から推測してコルプトは何度も読んでいた。


 ふと顔を上げる。


 冷気で白くなった窓を拭けば、外の様子が見えた。


 外ではウラガフが剣の素振りの練習をしている。

 それが毎日のウラガフの日課だった。

 平坦な動きの繰り返しにコルプトは無駄が多いと思う。

 

 そのとき、ウラガフの体がよろめいた。

 コルプトは立ち上がると、本を置き部屋の外へと向かった。


 部屋の外ではティダウが待機している。

 コルプトが出てくると喜色を浮かべて話しかけてきた。


「コルプト、どこ行くんだ?」


 尻尾を振って話しかけてくる様子はいつものことだ。

 だが、今日はなぜかその声が遠く聞こえた。

 ティダウの様子におかしなところはない。


 コルプトは立ちくらみを覚えて、頭を抑える。

 耳鳴りがした。


「コルプト?どうした?」


 ティダウが心配そうに尋ねる。

 それは一瞬のことでコルプトは気のせいだと思うことにした。

 今までこんなことはなかったが、言えばティダウが騒ぐ。

 それは面倒だった。


「なんでもない、外へ行く。」


 コルプトがそう言うと、ティダウは嬉しそうに声をあげた。


「散歩か?俺も行くよ!」

「……好きにするがいい。」


 ティダウはピッタリとコルプトの後ろについて歩き始めた。

 コルプトはそれを気にした様子はなく、外へ行くために階段を降りていく。

 外へ通じる扉を潜って、二人は表に出た。


 そこでは先ほど見たようにウラガフが剣を振って、素振りの稽古をしている。

 こちらに気づいてないようで、背中を向けたまま、ただ一心に剣を振っていた。


 コルプトは入り口から数歩進むと止まる。


 気づかれない距離で素振りを見ていた。

 ウラガフの額には汗が滲み、剣を振るうたびに水滴が飛ぶ。

 息を乱さぬように、姿勢を正したまま振るうそれは乱れがなかった。


「飽きないよなぁ、ウラガフも。

 なぁなぁ早く行こうぜ!早く!」


 楽しそうにティダウは笑っていたが、しばらくして困惑の表情に変わる。

 

「……なに、してるんだ?」


 ティダウが小声ですぐ後ろから耳打ちする。

 立ったまま動かないコルプトに恐る恐る触れるが、反応はない。

 そのまま穴が開くほどにウラガフを見つめていた。


「お前、もしかしてウラガフにちょっかいかけに来たのか?やめろって、面倒なことになるぞ。」


 ティダウは予測不可能な主人の行動に当たりをつけて、その行動を止める。

 コルプトは頷くこともしなかった。

 ティダウは額に手をやって、頭を抑える。


 試しに袖を引っ張ってみたが、コルプトは微動だにしなかった。


「コルプト、もう行こうぜ。

 今のお前けっこう気持ち悪いって。」


 若干ティダウは引きながらも、コルプトに話しかける。


「……行く気か?」


 コクリとコルプトは頷く。

 ティダウは渋い顔をした。


 そんなやり取りをしていると、気配に気づいたのかウラガフが後ろを振り向く。

 そこに棒のように突っ立っているコルプトを見つけて、一瞬驚いたが、すぐにいつもの敵意を剥き出しにした表情になった。


「何しに来た。」


 ウラガフは短く尋ねる。

 コルプトの瞳が少し大きくなった。


「……熱心だが、お前に剣は不要だ。」


 薄い唇から紡がれた言葉に、ティダウはギョッとする。

 ウラガフは苛立った様子で答えた。

 

「また意味のわからないことを。

 何が目的だ。」

「その剣では何も守れぬ。」


「余計なお世話だ!」


 吐き捨てるようにウラガフが言う。

 コルプトはちらりとウラガフの手を見た。

 タコだらけの手は皮が剥けて、血が出ている。

 そこまでして、練習をすることの意味がわからなかった。


「目障りだ、どこかへ連れて行け!

 ティダウ!」


 びくりとティダウは肩を震わせる。

 決してウラガフの言うことを聞いたわけではないが、ティダウは再度コルプトの腕を引いて、別の方向へ歩き出した。


 引きずられるようにいして、コルプトは連れていかれる。

 それでもしばらく、首だけはウラガフの方を向き続けていた。

 ウラガフは姿が見えなくなるまで、ずっと睨み続ける。


 雪が二人を別つ。

 遠く離れていく距離が、ますます冷えていくようだった。


 ティダウとコルプトの姿が点になっても、ウラガフは底から見上げるように一点を見続けていた。

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