黒王の胎
その里には巫女がいた。
巫女の名前はハルパと言い、美しい女だった。
ある日その巫女が予言をした。
「次の年の私の子が、黒き王の生まれ変わりとなるだろう。」
里はどよめき、巫女の子どもを待ち望んだ。
巫女の父は、血族から英雄が生まれることを大層喜び。
北西の都から将軍を迎え入れた。
ヴィータナグという黒髪の男は、岩の巨人であったが剣に優れ、都でも一目置かれる男だった。
ヴィータナグは美しいハルパに一目惚れをした。
流れる髪、白い頬、澄んだ瞳。
その全てを手に入れたかった。
すぐに婚姻を申し込み、その日のうちに婚礼を挙げた。
数々の宝飾品が里に運ばれてきた。
彼は最後の遠征に出かけると、必ず大将の首を討ち取ってくるとハルパに約束する。
ハルパは微笑んだ。
そうして春が過ぎたが、ヴィータナグは戻ってこない。
代わりに一人の旅人が里にやってくる。
それは見目のいい若い男だった。
目と目が合ったとき、胸のどこかに火が移った。
続く長い冬に旅人だけが春を告げる。
それまで暗く沈んでいた巫女の顔に花が咲いた。
一人の乙女に変えてしまうのは簡単なこと。
ハルパと男はすぐに恋仲に落ち、肌を重ね合った。
そして一年が経つのはあっという間のことだった。
これは人から聞かされた話だ。
*
雪が窓を叩く。
その日も外は雪が降っていた。
屋敷中の明かりが薄く灯り、廊下を照らす。
その夜、生まれたのがコルプトという赤ん坊だった。
赤ん坊の鳴き声がしたとき。
蝋燭の灯りが一瞬、噴き上げたかと思うと消える。
次に部屋に霜が舞い降りて、部屋中を凍らせた。
時は過ぎて、赤ん坊が少年になったころ。
末の子を産んで母親は亡くなった。
祖父がコルプトを引き取って育てることになる。
「巫女様の不義の子。」
「なにを考えてるのかしら。」
コルプトは母親が亡くなったときも泣かなかった。
泣く理由がわからなかっただけだ。
……そう思っていた。
「母上、母上。」
吹き荒ぶ嵐の夜だった。
外とは裏腹に、洞窟の中は妙に静かだった。
広い洞窟の中に、冷たい墓石が並んでいる。
その中の一つに小さな影があった。
一年と経たずに生まれた弟が、膝を抱えて泣いている。
コルプトは母に読んでもらっていた本を抱えたまま、その前に立っていた。
何を話したのかは覚えていない。
ただ、あのときだけは兄弟だった。
けれどそれも、長くは続かなかった。
ヴィータナグに見つかったその日から、二人はまた引き離された。
季節はただ過ぎ去っていった。
重い礼服に身を包むたび、肩が引かれた。
布の擦れる音ひとつにも、祖父の視線が刺さる気がした。
巫子として正しく在らねばならない。
間違えてはならない。
――そうしてコルプトは青年になっていった。
夢の中の雪の冷たさが、まだ指先に残っている。
「コルプト!」
名を呼ぶ声が聞こえた。
そしてコルプトは目を覚ます。
長い夢を見ていたようでもあるし、短い夢を見ていた気もした。
振り返ると馴染みの顔がある。
お付きのティダウだった。
「コルプト、朝が来たぞ。
飯食って外行こうぜ。」
コルプトは壁にかけてあった礼服に着替える。
ティダウから水桶を受け取ると、顔を洗い。
軽く髪を整えて、祖父の待つ食堂へと向かった。
廊下を照らす薄明かりが、コルプトの影を濃く伸ばす。
その横にティダウの影が寄り添っても、冷たさは薄れなかった。
ニコニコとティダウが何かを話していたが、コルプトは頷きもしない。
けれどティダウは気にせずに、食堂への大扉の前に着くと扉を開く。
コルプトはそうするのが自然というように、中へ入っていくと空席が続く長テーブルの前に座った。
「遅いぞ。」
祖父が静かに口を開いた。
今日も、席にはコルプトと祖父以外誰もいない。
「申し訳ございません、お祖父様。」
コルプトは淡々と答えた。
祖父が食事に手をつけるのを見て、自分も口に物を運ぶ。
「儀式の準備はどうだ。」
祖父がコルプトに尋ねる。
祖父の紫の髪が目についた。
一族の髪色だ。
弟の面影が少し残る。
「いいえ、まだです。」
コルプトが答えると、祖父は一瞬コルプトの顔を見る。
そして咳払いすると眉根を顰め、急かした。
「すぐに取り掛かるように。」
コルプトは食事を終えると、言われた通り儀式の準備へ取り掛かる。
広間に行く道中、すれ違った人々が道を譲る。
しかしその目は、異物を見るようだった。




