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奪われた帰還

「どう……する……?」


 ミムラスは泉を覗き込んだ。

 揺れる水面の向こうに、先ほどメフェルとラガルは消えたばかりである。


「追いかけるに決まってるだろ!」


 イーヴァが武器を抜きながら、泉に飛び込んだ。


 そのとき水面が揺らぎ、洞窟を映していた光景が跡形もなく消える。

 勢いよく飛沫をあげたイーヴァは、そのまま立ち尽くした。


「……なんだと。」


 二人に繋がる道が絶たれた。

 嫌な汗がイーヴァの背を伝う。


「イーヴァさん……?」


 シーナが、恐る恐る声をかける。


 イーヴァはゆっくりと振り返った。

 その顔には、苛立ちと焦りが浮かんでいる。


「入れねぇ。」

「え……。」


 シーナの喉がひくりと鳴った。

 ミムラスが泉の淵に手をかけ、体を前のめりにして泉を覗き込んだ。


「メフェル!ラガル!帰ってきてよ!」


 必死に呼びかける。

 しかし水面に映るのは、ミムラスの姿だけだ。


 水音だけが広い空間に響く。


 誰も軽々しく動けなかった。


「戻って……来ますよね。」


 シーナは青い揺らぎを見つめる。

 どれほど、そうしていただろうか。


 突如、水面が揺らぎ。

 再び水晶の洞窟を映し出した。


 全員が顔を上げるのと同時に、水が跳ねる。


「っは!」


 声が聞こえた。

 ラガルがメフェルを抱き抱えるようにして、倒れている。


「……たわけ。」


 ラガルはメフェルの安否を確かめると、ただ呟いた。


「ラガル!」


 イーヴァが真っ先に駆け寄る。

 シーナとミムラスも遅れて泉の淵に集まった。


「おい、大丈夫か!」


 イーヴァが肩を掴む。

 ラガルは眉を顰めながら頷いた。


「問題ない。」


 それでも呼吸は荒く、肩で息をしている。


「メフェルさんは?」


 シーナが覗き込む。

 ぐったりと項垂れているが、胸は上下している。


「気を失っておるだけだ。」


 ラガルが言う。

 その声を聞いた瞬間、シーナの膝から力が抜ける。


「よかった……。」


 その場に座り込んだ。

 ミムラスもその場にへたり込み、イーヴァはようやく武器を下ろした。

 

 誰もが、もう追手のことなど忘れかけていた。

 


「山を越え、冥府にまで潜ったか。

 余計な手間をかけさせる。」


 洞窟の奥から声が聞こえる。

 やがて影から出てきたのは、ウラガフだった。


「なっ……。」


 イーヴァが言葉を失う。

 山越えからまだ数日。

 それなのに、もう追いつかれた。

 

「……山越えで撒けると思ったか?

 小賢しい。


 コルプトを渡してもらおうか。」


「ふざけんなよ。」


 イーヴァが戦槌を構える。

 一歩前に出た。


 ウラガフの視線が横に流れる。

 イーヴァが狙いに気づいたときには遅い。


 ミムラスの首元に刃があった。


「テメェ!」


 怒声が響く。

 ラガルが動こうとした。


 が、背中にゾクリと悪寒を感じて動きを止める。

 気づけば喉元に、自身の影から伸びた刃があった。


「……ティーソエルか。」


 ラガルが名を呼ぶと、返事をするように刃が食い込む。


「勝敗はついたな。

 私たちの勝ち、だ。」


 ウラガフは笑みを浮かべる。


「この娘が殺されたくなければ、動け。」


 ミムラスの首に赤い傷がついた。

 じわりと血が滲み出る。


「……。」


「動け、私は本気だぞ。」


 ミムラスは恐怖で動けない。

 助けを求める目でラガルを見ている。


 ラガルは周囲を一瞥した。


 イーヴァは動けない。

 シーナでは止められない。

 ここで逆らえば――ミムラスは死ぬ。


 ラガルは……。


「わかった。」


 立ち上がると、ウラガフの元へと歩き出した。


「止まれ!」


 イーヴァが怒鳴る。

 ラガルの体が止まる。

 呼吸だけが、ひどく乱れた。


 だが……無理矢理、動かしたように体が動き出す。

 

「動くな。」


 ラガルが振り返らずに言った。

 低い声だった。


「……イーヴァ。

 もう命じるな。」


 その一言で、イーヴァの足が止まる。


 ミムラスの喉元で、刃がさらに食い込む。

 血が流れ出た。


「いい判断だ。」


 ウラガフが薄く笑う。


「最初からそうしていればいい。」


 ラガルは数歩進み、ウラガフの前で止まった。


「その娘を離せ。」


「もちろんだ……お前の態度次第でな。」


 ウラガフは肩をすくめる。

 その瞬間だった。


 背後の影が動く。


 ティーソエルの刃がラガルの腕を絡め取った。


 黒い影が縄のように巻き付く。


「っ……!」


 ラガルの体が引き寄せられる。


「ラガルさん!」


 シーナが叫ぶ。

 しかしイーヴァは動けない。


 ミムラスの喉元には、まだ刃がある。


「手出しするな。」


 ウラガフが言う。


「次はこの娘の首が飛ぶ。」


 洞窟の空気が凍りついた。

 ラガルは一度だけ振り返る。


 そして短く言った。


「……メフェルを頼む。」


 その言葉を最後に、影が弾けた。


 視界が歪む。


 ウラガフとラガルの姿が、黒い霧のように消えた。

 

 

 

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