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白き崩落

 野営から一夜明け、体力を取り戻した一同は再び頂上を歩いていく。

 何刻か歩いたあと、頂上の平坦な土地は終わりを告げた。


「さむぅい!」


 ミムラスが声を上げる。

 崖の淵に立った一同は、ノクオドアルから噴き上げる冷たい風に晒されていた。


 目の前に広がるのは、青い岩肌を見せる一面白の世界。

 山はサンオドアルとは違う顔を、一同に覗かせていた。


 空もいつの間にか、分厚い灰色の雲に覆われ、どんよりと薄暗い。


 ラガルは一瞬、表情を緩めた。

 そしてそのあと真面目な顔に戻って、皆に言う。


「……油断は禁物だ。」


 メフェルとイーヴァが頷く。

 そして、足を岩場に降ろした。


 きゅっと、石が鳴る。


 そして重力が全身に降りかかる。

 膝が折れそうになるのを堪えて、メフェルは降りていく。


 シーナもそれに続いた。


 勢いがついて下に転げ落ちそうになりながら、下っていく。


「伏せろ!」


 ラガルの声が聞こえた。

 何事かと思い、動きを一瞬止める。


 次の瞬間、大きな音と共に風が吹き荒れた。

 シーナはすぐに身を屈める。

 岩場に手をついて吹き飛ばされないように、力を込めた。


 ミムラスもなんとか、耐えたようだったが一回の風で随分と消耗しているようだ。


 顔についた雪を、落としてシーナは頭を振る。


 どうやらまだこの山は一筋縄では行かないようだった。




 いつまで降ったのか一同は、考えないようにしていた。

 降れば降るほど、肺を刺すような冷たさが辛くなってくる。


 冬の装いとはいえ、手が赤く冷たい。

 露出した顔は、感覚がもうなくなっていた。


 まつ毛は凍り、白くなっている。


 自分の息の音だけが白い世界に響いた。


「動くな……!」


 また、ラガルの声が響く。

 しかし雪が音を吸い、メフェルには聞こえなかった。

 なにを言ったか聞き取ろうとして振り返る。


 一歩、踏み出したときだった。


 ぐしゃ、と鈍い音がした。

 踏んだはずの地面が沈む。


「……え?」


 雪の下が崩れる。

 足場が消えた。


「メフェル!」


 イーヴァの声が遠く響く。

 体が一気に前へ引きずられた。


 手を伸ばす。


 だが、掴む岩はなかった。

 雪が崩れ、白い世界が回転する。


 そのまま、闇に落ちた。






 

「かはっ!」


 背中に衝撃が走って、メフェルは息を吐く。

 視界が白から黒に暗転したと思えば、気がつけば薄暗い場所に落ちていた。


 肺が痛い。

 肩も、足も、ひどく鈍い。


 しばらくその場で身を縮めたまま、浅く呼吸を繰り返す。

 上から落ちてくる雪が、さらさらと頬に触れた。


「……っ。」


 痛む体を庇いながら、ようやく身を起こす。

 周囲は暗く、今自分がどこにいるのかもわからなかった。


「光よ……。」


 震える声とともに、光球がメフェルの周りに浮かぶ。

 辺りを照らしてみれば、そこは岩でできた通路だった。


 天井は高くない。

 けれど自然洞窟の荒々しさとも違う、どこか整った空間だった。


 壁に刻まれた紋様を、メフェルはそっと指でなぞる。


「これは……。」


 見覚えがある。

 断片的に、だが確かに。


 遠くから仲間の声が聞こえた。


「メフェル!」

「メフェルさーん!」


 返事をしなければ、と頭ではわかっていた。

 だがその直前、光球が通路の奥をかすめる。


 そこに、何かがあった。


 ぴちゃ、と雫の落ちる音がする。


 吸い寄せられるように、メフェルは一歩踏み出した。

 もう一歩。

 痛みよりも先に、胸の高鳴りが体を動かしていた。


 少し開けた場所に出る。

 天井から落ちる水を受け止めるように、岩を削って作られた盆が置いてあった。


 その縁には、ひとりの乙女が鏡を抱く彫刻が添えられている。


 メフェルの目が見開いた。


 ――知っている。


「ヘレー……そうよ、これはヘレーだわ。」


 メフェルは薄く微笑むと、水盆に手を伸ばす。

 水面が揺れ動いた。


 そのときだ。


「メフェルさーん!」


 シーナの声が響いた。

 メフェルはようやく振り返ると、声を張り上げる。


「こっちよ!」


 するとすぐに、岩を擦る音が響いた。


「無事か!」


「ええ、生きてるわ!」


 光球を上へ浮かべる。

 穴の縁から顔を出したのはイーヴァだった。

 その横ではラガルが身を乗り出すように穴の中を見つめている。


 目が合うと、ラガルはわずかに肩の力を抜いた。


「……結構落ちたな。」


 イーヴァは中を見渡す。

 後ろからミムラスが顔を出した。


「メフェル大丈夫ー!?」

「ええ、大丈夫よ。」


 二人の声をよそに、ラガルの視線が動く。

 

 壁。

 床。

 刻まれた痕。

 そして、中央に置かれた水盆。

 ラガルの目が細くなった。


「……通路だな。」


 低く呟く。


「え?」


 シーナが聞き返す。

 ラガルは岩壁を指でなぞった。


「自然洞窟じゃない。削られている。」


 イーヴァが眉を寄せる。


「誰かが作ったってことか?」

「……古いな。」


 ラガルは短く言う。

 そして奥へ続く闇を見る。


 わずかに、口元が動いた。


「道だ。」


 メフェルはその言葉を聞いて、薄く笑う。


「ええ。」


 光球が奥の通路を照らす。


「どうやら……山を越えるだけじゃ済まなそうよ。」

 

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