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火と氷の境

 どれほど登ったのか、もうわからない。


 同じ岩を掴み、同じ動作を繰り返すうちに、時間の感覚が曖昧になっていく。

 何度か夜を越えて、狭い足場で休みをとった。


 そしてまた、同じ動作を繰り返す。


 やがて、ふと。


 ラガルの動きが止まった。


「……?」


 シーナが顔を上げる。


 その先に、岩の縁が見えた。

 崖が終わっている。


「……上か。」


 イーヴァが低く呟く。


 最後の岩をよじ登ると、急に足場が平らになった。


 視界が、一気に開ける。


 風が変わった。


 それまでの熱風ではない。

 冷たい風が、山の向こうから吹き抜けてくる。


 メフェルが一歩、先に出た。


 振り返る。


 赤い砂と岩の海が広がっていた。

 縞模様に波打つ灼熱の大地が、はるか彼方まで続いている。


「すごい……。」

 

 シーナは思わず息を漏らした

 

 下を見れば、遥か遠くに地面があった。

 頂に立った実感より先に、足がすくむ。


「頂上だってのに、まだ向こうが見えないね。」


 ミムラスの言う通り、ノクオドアルの土地は見えない。

 しばらくは平坦な赤い地面が続いていた。


「歩いてみましょう。」


 メフェルが言うや否や、歩き出す。

 いつもより少し早い足並み。

 まるで何かを急いでいるようだとシーナは思う。


 変わらない頂の景色の中を、どれほど歩いただろうか。

 ミムラスはとうに限界が来て、ふらふらとしている。


 シーナも置いていかれないように、足を動かすだけで必死だった。


 そのとき地平線に白が見えた。

 近づくほどにそれはハッキリとしてくる。


 線を引いたように、大地の色が変わった。

 赤から青い岩場へと変化している。

 その上に薄く雪化粧が乗っかり、白が映える。


 風は冷たさを増していた。


「ここが境だな。」


 イーヴァが足を止める。

 確認するように、うっすらと積もった雪の上に足を乗せた。

 大きな足跡が雪の上に残る。


「アタシもやる……!」


 ミムラスが最後の気力を振り絞って、後方から早歩きでやってくる。

 小さな足跡が並んだ。

 シーナも恐る恐る、足をつける。


 足跡が三つ並ぶと、登頂したという達成感があった。


「今日はここらで休むか。」


 イーヴァが側にあった岩に腰を下ろす。

 普段だったら、跳んで喜ぶミムラスも今日は何も言わない。

 ただ、地面にペタンとへたり込んだ。


 

 野営の準備が着々と進んでいく。

 全員、冬の装いに着替えて夜の準備をする。

 ラガルだけは名残惜しそうにしていたが、メフェルに押されて着替えていた。


「……やっとぐっすり寝られる!」


 一息ついて元気を取り戻したミムラスが、寝袋にくるまって呟く。

 火の国で無理やり仕立てさせた特注の冬装いは、本人には不満だったようだが、こうして見ると役には立っているらしい。


「僕もようやく寝れそうだよ。」


 シーナはミムラスに夜食の干し肉を渡しながら、苦笑した。

 この装備を揃えるために、イーヴァが何日も駆け回っていたのを思い出す。


 空は日が沈み、輝く星々が姿を現したところだった。


「綺麗……。」


 ミムラスが空に見惚れる。

 吸い込まれそうな黒にシーナも、心が溶けていた。


「……空に心を結びすぎるな。高みは魂まで連れていく。」


 そこへラガルが、覆い被さるようにミムラスの上に顔を出す。

 短くミムラスは悲鳴をあげて、コロコロと転がって行った。


「何やってるんですか、ラガルさん。」

「お前もだ。ノフス()は探している。

 空を越え通ずるものを。」


「は、はぁ……?」


 シーナはラガルの言ってることがわからなかった。


「いつもの迷信でしょ、驚かさないでよ。

 デカブツ。」


 ミムラスが遠くからラガルに文句を言う。

 メフェルはミムラスを拾い上げると、野営地の中心まで戻した。


「あまり、遠くへ行って落ちちゃっても、私は助けられないわよ。ミムラス。」

 

「はぁい。」


 ミムラスは返事をすると、また空を見上げた。

 星は、手を伸ばせば掴めそうなほど近い。


 シーナは思わず視線を逸らした。


 本当に、魂まで持っていかれそうだった。


 そう思って視線を落としたとき、シーナは気づく。

 ラガルだけが、空ではなく遠い北の闇を見ていた。

 まるで——これから会う何かを、待つように。

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