焼くしかない
同じ太陽のはずなのに、暑さが違う。
肌にまとわりついた熱が引いていく。
砂岩の通路はひんやりとして、足音がやけに響いた。
薄衣の男は振り返らずに進む。
案内も、説明もない。
ただ――「来なさい」という言葉だけが、背中を押す。
イルネスは歯を食いしばった。
逃げ道が塞がったと言ったのは、今度こそ本当だと思った。
通されたのは広間だった。
天井は高く、壁一面に紋様が刻まれている。
床には金色の線で円が描かれ、その中心だけが空いていた。
薄衣の男が言った。
「座れ。」
イーヴァがラガルの背を押す。
ラガルは一歩、二歩と進むとゆっくり膝をついた。
「やはりその者か……銀目の匂いがする。
お前からも。」
男はイーヴァを睨む。
彼は一瞬迷いを見せたが、額の鉢巻を取った。
額の銀が晒される。
それを見た男は言った。
「グロードか……知っているぞ。
なり損ないの生命が。
その額の石が証拠だ。」
イーヴァの眉がひくりと動く。
メフェル、シーナ、もちろんミムラスもなんのことを言っているかわからなかった。
その様子を見て男は笑う。
「今日は面白いものがやって来たな。
金眼の魔女に銀の目……それから。」
ラガルを見て男は首を傾げた。
「お前はなんだ?酷く曖昧な存在だ。」
男はしゃがみ込むとラガルに手を伸ばす。
それだけでラガルの胸は、締め付けられた。
シーナは目の前の男が、ラガルに何かするのではないかと気が気でなかった。
だが……ミムラスが男に対して、口を開こうとするのを阻止する。
彼は男の並々ならぬ気配に気づいていた。
「賢い少年だ。」
男は微笑む。
そしてラガルに再び目を落とすと、体を隅々まで眺めた。
そして胸を一点見つめると、顔を歪める。
「これは隷属の呪紋、ウォリケが我が一族から盗み出したものの一つ。」
そしてイーヴァを見ると、責めるような顔をした。
「もしや、これを解けと?」
男は笑っていたが、目は一切の感情を映していなかった。
ただ冷たい瞳がイーヴァを貫く。
メフェルはごくりと唾を飲む。
このままでは願いを聞いて貰えないかもしれない。
ラガルが一生このままなのは耐えられなかった。
「お願い!どうしてもこの人が必要なの。
今の私じゃ呪いを解けない。
お願いします。
……力を貸して!」
杖が床に落ちる音がした。
メフェルが床に頭をつける。
男は少し目を丸くした。
それに続くようにイーヴァが床に座る。
そして、頭を傾けた。
「この……通りだ。」
重々しい言葉が口から出た。
床に頭さえ付けなかったものの、イーヴァはアルダに対し頭を下げる。
金の男はその光景を見て、しばらく言葉を失ったのち。
大声で笑い出す。
「ふふ……はは、滑稽だ!
あの銀の目が我がアルダ一族に頭を下げた。
だが、勘違いするなよ。」
急に男は冷めた瞳に戻ると、イーヴァの胸ぐらを掴む。
「俺が話を聞いてやるのは、お前の母上と……そこの女のためだ。」
そう言って胸ぐらを離すと、メフェルに手を伸ばす。
メフェルは戸惑いながらも、差し出された手を受け取った。
「あまり綺麗な床ではない。」
男はメフェルを立たせると、ラガルの側に行く。
そして、その胸に手を当てて息を止めた。
金の模様が渦巻くように、男の手から溢れる。
目も眩むような清浄の光に、誰しも息を飲む。
光が時を戻すようにラガルの胸に染み込んだ。
「っ……。」
ラガルは心臓を触られるような、不快な感触に言葉を飲む。
だが男の術は止まらない。
そして一層、光が増したとき。
「上書き……。」
男が囁く。
それと同時に銀の紋が蠢いた。
生き物のように銀の線が膨らみ――。
バチンッ!
男の手が弾かれる。
鮮やかだった金の光が失われた。
広間に鈍い余韻が残る。
「……無理だ。これ以上やれば心臓がもたない。」
男はそう呟いた。
メフェルは一歩踏み出しかけて止まった。
「そんな……やっぱり……。」
男は掌を見下ろす。
傷はない。
けれど指先が、僅かに震えていた。
「銀紋は“命令”ではない。」
淡々とした声が続く。
「所属だ。結び目ではなく、根だ。
外から別の糸を重ねても、根はほどけない。」
イーヴァが低く唸る。
「じゃあ、どうすりゃいい。」
男は少しだけ黙った。
沈黙の中で、炉のない広間に――なぜか火の匂いがした気がした。誰も火を持っていないのに。
「焼くのよ。」
メフェルが俯いたまま言う。
その顔は誰にも見えなかったが、普段のメフェルよりも鋭い声であった。
「……そうだな。根を断つなら、焼くしかない。」
男も同意する。
メフェルは息を飲んだ。喉が鳴る。
言葉が出るまでに、一拍かかった。
「少し考えさせて……少しだけ。」
そう言う彼女の声は弱々しかった。




