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第47話 夢 その5

そんな箱入り娘にとって博識で色々な人生経験を持つアルベル先生の外の世界での話はほぼ唯一の娯楽と言ってよかった。

彼女は彼とのそんな時間が大好きであったが、彼自身のことまでも愛しているのかどうかは自分でもわかっていなかったのは言うまでもない。

二人はしばし時間を置いて自由時間がとれると、別に示し合わせたわけでもないのに指定席のようになっている木陰で休みながら話をする。

これが放課後、あるいはお昼休みの常である。

今日の場合、皇女殿下は昼休みは暗い話ばかりで"いつもの"が出来なかったので、アルベル先生は日が暮れるまで一緒に居なければいけない覚悟を心に決めていたのだった。


「むかしむかし、俺がある地方で海賊退治をやっていた時のことだ」


「まあ。兵士だったこともあるんですね先生は」


「豊かな土地ではあったが、だからこそだな。海賊が多くて俺はその取り締まりに名乗りを挙げた。

さあその時だ。俺はその土地に一年ほど住んでみてどうすれば海賊が減るかを理解した。

そして実行したんだ。実際に海賊は大きく減った。どうしたと思う?」


「えっ……。もしかして豊かな土地だったというのがヒントでしょうか。人々を移住させたとか?」


「おいおい姫様。その年でもう女帝のような発想をしているんだな。末恐ろしいぜ全く。

正解はだな、俺はそこの領主をコテンパンにぶちのめして二度と足腰立たなくしてやったんだ」


「えっ。どうして領主さんを。まさか領主さんが海賊をやってたんですか!」


「まさか。領主は海賊の略奪に困ってたんだ。逆だよ逆。

んで、一年住んで海賊を減らす方法がわかったと言ったが海賊はみんな地元の漁師や住民だった。

話を聞けばまともな仕事がなく重税にあえぎ、もう盗みを働くしかなくなったって話だ。

海賊ならまだいいほうで領主への武装蜂起を考える領民もたくさんいた」


「領主が悪政を働いていたから海賊がいたってことですか?」


「ああ。しかも海賊退治をしていた俺の同僚も同じ町の出身で、同郷の者同士で争いをしていたんだ。

全ては奴が、領主が悪いと気づくのに一年も必要だったのはちと遅かったな。

姫様もプリンツ・オイゲンと結婚するんだったら夫が暴君になりそうだと思ったらすぐに直してやるんだぞ」


「私はあの人と結婚なんかしませんよ。どこからそんなデタラメ聞いたんですか?」


「お母上だが……?」


お母上がそう言っている以上、嘘をついているわけがない。

それは皇女殿下もアルベル先生も理解しているところであり、つまるところ皇女の言っていたことはデタラメである。

彼女の皇子との結婚は半ば既定路線であった。

歴史上、巨大になり過ぎた国や一族には割とよくあることなのだが、帝国の皇族も例にもれず他家との結婚はデメリットしかもたらさないと言ってよい。

つまり行きつくところは親戚同士での結婚だ。二人は親が腹違いの兄弟なのでいとこである。


それとこれはかなり地域性が出るのだが、部外者で下賤の者であるアルベル先生が普通に皇族の女性と接しているようにこの国ではかなり宮殿が開かれている。

中華帝国など宮廷に宦官を用い、それ以外は男子禁制という国は結構多い。

日本はそのようなタイプの国ではなかったし、この帝国もまた日本やヨーロッパの帝国に似ている。


「どっちみちこんな何でもない日は続かない、か。まあ短い間だがなかなか楽しかったぜ」


「何でそんな……私が結婚するのが当たり前みたいに言うんですか。

先生は私に結婚してほしいんですか……?」


「ああ」


アルベル先生は即答したかと思うと、非常に反論しづらいことを言い放った。


「言っただろ。時々戦いの術を教えている自分を深く疑問に思うことがあるって。

姫様のためを思えばそれが一番いい。ここを去るのがいつなのかはわからないが、その時心残りがなくて済む」


既に常人の数倍生きており、いまだに老化を知らないアルベル先生は自分にどれだけの時間が残されているのか判然としていなかった。

むろん彼の時の感覚はこの時常人のそれを大きく逸脱していた。


「悪かった、悪かったって。今日はもうジメッとした話はしないって約束だったもんな」


「アルベル先生は相変わらずですね」


「なにっ。お前らいつの間に」


アルベル先生のことを見かねたのか、珍しくこの日は彼の馴染みの兄妹たちが会話に入ってきた。

というのも彼らは彼らで用があったのである。


「悪いな姫様。また今度ということで」


「はい」


皇女殿下に限らないが、この国では上流階級の娘にわがまま放題なご令嬢というのは希少種だ。

殆どは厳しくしつけられ、欲求を抑え、父親の決定に従うように定められている。

結婚してどこそこへ行け、と言われれば向い、その家で人形のようにじっとしているのだ。

皇女殿下はそのような教育を生まれた時から受けている。とにかく人に最大限譲ってから初めて自分を主張するのが常であった。

自分の背中が寂しそうに見えていないか、無駄なことに気を使いながら彼女は、アルベル先生とは別の教育係のところへ戻っていった。

この教育係は数学、歴史、外国語、マナーなど一般教養を教える人物だ。

これといった欠点のない優秀な教師であり、そして子供が自由なやり方のダメ教師アルベル先生と、優秀で非の打ちどころのない教師、どちらを好きになるかは言うまでもないことであった。

むしろ優秀であればあるほど教師は嫌われるものだと言える。


「珍しいじゃないか。お前たちいつも遠慮して俺には寄ってこないのに」


「遠慮しているのはお姫様にですよアベル……じゃなくてアルベル先生」


「まあどっちでもいいが。兄妹揃って何か用か?」


これからおよそ十年後、生き残ってビビ少年の母親となる女性とその兄は死神騎士団にいた。

もう一度説明するが彼らはもともとどこに住んでいたか、今となっては知る由もない謎の一族出身だった。

彼らには特別な力が親から代々受け継がれていて、それが魔女の耳に届いたので、親が殺されて兄妹は連れ去られた。

本来は魔女の血となり肉となる運命であったが数奇な定めによって後に息子となる少年によって助け出されていた。


「何をすっとぼけてるんですか。アクセル先生はともかく僕たちがここへ来た目的は……!」


「目的は……なんだっけ?」


「何をすっとぼけてるんですか。アクセル先生はともかく……いや二回も言わせないで下さいよ。

目的は"彼女"を死神騎士団から守ることだったはずだ」


もう一度説明しておくが、このアベルという男、ハッキリ言って常人の考えを逸脱した人物だ。

彼はこの事件のあとこそ常識人的な考えで動いているが、この時点で彼は二百歳を大きく超え、精神性は百年そこらしか生きられない我々人類とは噛みあわない。

想像を絶する、というのはありがちな表現ではあるが、そうとしか表現しようがないのだ。

もっとも、彼の"人外さ"はアクセルに比べればしょせん誤差ではあるが。

アベルが行ったことは以下の通りだ。まず彼は例の城が崩壊したあと、占い師セルフィのところへ身を寄せた。

その二つの町は隣町であったのでビビ少年が助けた兄妹が同じく城下町の崩壊から逃げ延びていた。


「セラの家」と呼ばれる孤児院は子供たち(と、人外一匹)を新たに加えて暮らすこととなった。

その家の主、セラは年上の裕福な男と結婚して、すぐに夫が死んだことで遺産を受け継ぎ、その遺産を子供たちのために使用していた。

彼ら子供を世話する大人は二人しかいない。自然にセラとアベルは文字通り父親と母親のようになっていった。

二人はほぼ同時期に子供を二人作った。セラが妊娠して産んだ娘。

もう一人は記憶の悪魔に依頼し記憶を移植するなどの協力をしてもらって生み出した「先生」だ。

むろん、ゼロ歳児の時点で彼の母親であり先生であった。


それから数年、ビビの母になる女性とその兄はアベルらとともに暮らしていたのである。

そしておよそ五年前に彼らはアベルとともに帝都へやってきた。

余談だがこの後、生き残った妹の方は帝都でも故郷でも、あるいはセラの家のある地方でもなく別の地方で男と結婚して二人の子供を産んだ。

そういうわけなので、彼ら兄妹もよくしてもらった「先生」に目をつけている死神騎士団の内部に潜入し、彼女を守ろうとしていたのである。


ただ、彼らにも一つ大きな懸念点が存在していた。

それは「先生」が未だに「魔女」の心を持っており帝都の宮殿には「ニコの剣」「ニコの墓」を含め手に入れたいものが沢山あったのだ。

これを奪おうと企んでいたわけだが、結果は知っての通り。襲おうと思っていたらアクセルに先を越されたのだった。


「早急に行動を起こすべきだと考えています。ご存じですか先生。例の剣がどこにあるのかを」


「なんだっけ。教えてくれ」


「んまっ、先生ったら。あすこのビスマルク様が大昔に皇帝陛下から下賜された家宝でござんしょ?」


などと言っているのは当時十八歳ぐらいのビビの母だった。

彼女は都会に憧れていたので、ただの田舎娘なのに貴族のお姫様のような喋り方をしていた。

むろん、遅れてやってきた思春期特有の周りの目を気にして格好つけたくなる病気は彼女の中で黒歴史になるが、まあその話は今は置いておこう。


「ビスマルクくんからどうやって刀をもらうかね」


「情が湧いたんですか。裏切るなんて仲間に悪いと。

全くの見当違いです。裏切るなんて。最初から仲間じゃなかっただけですよ先生」


「お前は冷酷だなぁ」


「守るべきもののためには手段を選んでいられないだけです。

妹と、彼女を。というか彼女ごと"セラの家"が巻き込まれるかも知れないんですよ」


「もう一度あんなことがあってはな……しかしもう"先生"が生まれて十年以上だ。何かするならもうやってるだろう」


「彼女にその気がなくても死神騎士団にはあります。何百年という因縁に決着をつける気だ。

それに今の死神騎士団は歴代最強。もっとも、それは"魔女の子"がいるおかげだとは彼らは知りませんけど」


「その魔女の子が問題なんだがな」


アルベル先生の言葉の通りだった。この数日後、死神騎士団たちが皇帝からの命令を待っていた午後のことだった。

伝令の伝令の、そのまた伝令の伝令。

皇帝の元へ届くころには帝都の一市民からの急報もそのぐらいの又聞き情報になってくるわけだが、何度目の又聞きかもわからないくらいの人数を通して、最後は慣例として宮廷近衛兵団の団長が皇帝に情報を伝えた。

宮廷近衛兵は普段帝都で訓練に励んでいるが、唯一その中の団長は内勤で宮廷に務めている。

もっぱら団長代行が実質的な組織のトップで、団長は兵団への命令権を持っていないくらいである。


今でいう警視総監が防衛庁長官をも兼任しているようなものである。

また、軍出身の皇帝がトップである影響からか、このポストは政治にも影響するようになっていた。


彼から皇帝に伝えられた情報により、直ちに皇帝から当時の死神騎士団の団長、アクセルに命令が下された。


「西地区に騒乱、敵は魔女イザベルが遺したカルトであると情報からは考えられる。

よって、我ら死神騎士団にお呼びがかかったということのようだ」


団員を集めてアクセルがこう言ったわけだが、もちろん読者は知っての通りアクセルこそがこの日の惨劇を起こした張本人である。

むろん、西地区で起きたという騒乱の元凶も彼である。

その理由を彼が語るのは、何も言い逃れしようがなくなった段階でのことであった。


帝都宮殿の一角にはこの王朝が作られる前から存在している王立魔法図書館がある。

そしてかつてはにぎわっていたが今は生徒数が減少し廃校の危機にある学び舎だ。


そこは死神騎士団の詰め所になっており、従って彼らが担う業務の仕事場にも近い。

処刑場と学校だ。子供たちの避難誘導を行っている仲間を尻目に、男が二人、アクセルの行く手を阻んでいた。


「十年以上、あなたは一度も行動を起こさなかった」


「バージル君。驚いた……君はアベルと連携していたのか」


「どこへ行く気だアクセル?」


男二人の背中には深い闇。彼らから見てアクセルは明るい光を背にした逆光状態だ。

その顔には暗く影を落とし表情はうかがい知れない。


「魔女は攻めてくる気だ。だから先手を打って私がこれを回収しておかなくてはね。

質問に答えようバージルくん。私が十年間行動を起こさなかったのは別に起こす必要がなかったからだ。

残念に思うよ。ここにいた十年以上の間、研究もはかどっていたのに」


「魔女が行動を……か。クソ、悪いなバージル。

俺もこの数年チャンスはあったのに、何もしてこなかった」


「この先にあるニコの遺体も、彼の剣を持っているビスマルク家にもかね?

まあそれは仕方のないことだ。どちらかを奪おうとすればこのくらいの大騒ぎは覚悟すべきだからね」


「代わりにやってくれてどうもありがとうアクセル。ついでにこのまま消えてくれれば最高なんだが」


「教えてくれないか。いや、もっと早くに聞くべきだったのかな?

お前は疑問に思っていないのか。今自分がやっていることに」


「それはお前にそっくり返しておくとしようか」


「いい加減に認めろ。母親は死んだ。

お前はそのまがい物を作り、お前のせいで石化病……と呼ばれる症状になっている。

ひどい自作自演じゃないか。一応言っておくがここを潰せばお前はここの"禁書"にも何の遠慮もなくアクセスすることが出来る。

お前はそれを邪魔しようとしているんだ。お前は矛盾だらけだ」


「否定はしない。俺は一体、何をやっているんだろうな。自分でも呆れるよ。

だが意外とその理屈に合わない行動に、後悔はない。

俺はここが好きだ。お前なんかに壊されたくはない」


「私はここが嫌いだ。是が非でも破壊したい。言っておくが、これはお前たちのためでもある。

特にバージル君、君は必ずこういうだろうと思っていた。"妹は関係ない、逃がしてくれ"とね」


それを聞いて小声でアルベル先生は隣の男にこう聞いた。


「……妹はどうした?」


「死神騎士団の団長の指示により、市街へ制圧に向かっています」


「それを聞いて安心した。さあ、そろそろ問答も飽きた頃合いだろう?

二人がかりで悪いがお前を倒さなければならない」


「君たちの蛮勇に敬意を表して私のほうから一つ、いいことを教えてやろう。

私の能力についてだ。私は目の前の魔術師から魔力を奪うことが出来る」


「なにっ」


孤独の悪魔、その息子としてアベルには特有の力が備わっているということを久々に思い出して頂きたい。

それは"引力"と"斥力"だ。彼の力は簡単に言えば重力を操る。

引き寄せる力とはじき返す力。"孤独"とつながり、矛盾する二つの力だ。


これは父、孤独の悪魔が己の矛盾に戸惑いながらも、やがてはこれを受け入れ自らのものとし、それを託したことの表れでもある。

であると同時にアクセルのこの力は、いうなれば孤高の力である。

孤独の悪魔のそれとはまるきり違う。まるで自分以外はすべて養分とでも主張しているかのようだ。

彼の生前に作られた息子アクセルがこの有様なのに対し、その二人が去ってから作られた弟のほうがむしろ父によく似ているようである。


「だが私は満足していない。まだだ、もっと。魔王を倒すにはこんな力では。

もっとだ……もっと。無から有を生み出すとは?」


「何を言っている?」


「理屈に合わないことだ。だが、非合理的で不条理なことでもしなければ私は約束を果たすことが出来ないんだ。

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