第48話 夢から覚めるとき
「理屈に合わないことだ。だが、非合理的で不条理なことでもしなければ私は約束を果たすことが出来ないんだ。
そのくらいのことできなければ。神を超えるに等しいことなわけだからね。
おお、そうそう。大事なことを一つ言い忘れていた。
魔力を奪うと言ったが、もうすでにやっている。つまり私にはもう勝てない」
アクセルの得意な手である。
彼はペラペラと無意味なことをしゃべって相手をくぎ付けにさせ、時間稼ぎをしている間に手遅れにさせてしまうのだ。
特に相手のアベルたちは人がいいので、つい付き合ってしまうところがあるし、アクセルもそれを分かっているから毎回のようにこの手を使うのである。
「どうするんですか。しゃにむに突っ込むしか手はなさそうですよ」
「お前はもういい、下がっていろ。
あいつの話聞いてなかったのか」
「えっ?」
「あいつは妹は助けてやると言っていた。つまりお前を助ける気はないってことだ」
「ククク、ひどい言われようだな。まあ否定はしないが。
去る者は追わない。アベルお前も、わざわざ我々で戦う必要もないだろ?
もっとも、戦ったとしてもお前の魔力はもう私のものだから勝つのは不可能だが」
「問答はもういい。お前が何をする気か知らないが、お前を止めるのが俺の仕事だ。
この国に盾突く、邪悪な反逆者を始末することが死神騎士団の役目だ」
「おや、あれは?」
と、アベル達の後ろを指さしてのんきな顔をしたアクセルがよそ見している。
「その手には乗らないぞ」
「先生、魔力の発動を感知しました。喧嘩ですか?」
「なにっ!?」
何度も何度も聞いたその声は、まるで子猫が鳴いているかのように反射的に男の脳内に信号を発生させた。
その声の主を守れ、と。それが死神騎士団の役目だからではない。
心の底から守りたかったのだ。娘とは誕生日の関係上、年度は違うが同じ年に生まれたと聞いているその少女を。
「まずい。アルベル先生!」
「ああ。ここで俺が食い止める。お前は姫様を連れて撤退するんだ」
アクセルはどう考えても姫様が来たぐらいのことで計画を変更したり手心を加えるようなタイプではないことぐらい百も承知の男たち。さながら
阿吽の呼吸、といった連携を見せた。バージル、とさっきから呼ばれている男は、代々長男のイニシャルにVがつく習わしの家系に生まれていたのだがまあその話はそれ以上しなくてもいいだろう。
大切なことは、彼が皇女殿下を守ったこと。そして、背後からアクセルの一撃を受け、これが致命傷となったということだった。
誰も何をしたのか見えなかったので、地の文で説明するほかにあるまい。
アクセルの考え方は至ってシンプル。この世に存在するエネルギーはすべてこの"魔界"を作った"魔王"の"堕天使ルシフェル"から発生した。
それを超える力を、彼が作った世界に生まれたちっぽけな一個人であるアクセルが得ようという大いなる矛盾。
それに対する回答は、「神が実際いるのだから、神のようになればよい」というものだった。
そしてただただ、貪欲に世界を食らい肥大化し続ける道を選んだ。
彼の魔力は既に世界で二番目。つまりこの世界の神にも等しい創造主・ルシフェルに次いで二番目になっていたのだ。
力の次元が違う。同じルールのゲームですらない。
人の身で勝つことはおろか、アクセルがほんの少し手加減の具合を間違えただけでこの世のどんな魔術師でもあっけなく死んでしまうほどの力の差が存在していた。
彼の使う攻撃も至ってシンプル。魔力を発射するだけだ。
それは誰の目にもとまらぬ、いや映らぬ速さだった。
次元が違うという言葉の意味そのままと言うべきだろか。
音"を扱うアベルでも通常の魔術師ではほぼ回避も防御も不可能な、音速での攻撃を可能とする規格外の魔術師で、まず人間では絶対にかなわない。
アクセルの使った魔法は光の速さに限りなく近い速度で魔力を発射、ただそれだけだった。
「危ない危ない。もう少しで殺してしまうところだった」
むろん、背中から撃たれたバージルはその瞬間に膝から崩れ落ちた。
彼がかばわなければ皇女は弾丸のような魔法に撃たれて命を落としていた、ということに関していえば間違ってはいない。
だがもっと正確に言うなら、アクセルは人一人を殺せるか殺せないか、という程度にまで極端に魔力の出力を落として攻撃していた。
もしも、欲しがっている遺体や遺品の数々を傷つけないように戦うという制限がなければ帝都ごと消し炭になっていたことだろう。
「私はね、アベル。友達と約束をしたんだ。もしも孤独の悪魔を倒せたら魔道具デ・ヴェルトをくれてやると」
アベルはもう知っている。アクセルが何を言おうと聞いてはいけない。耳を傾けてはならない。
何を言っても信用をしてはならないと。彼は無視して光の下にいる皇女に叫んだ。
「今は逃げろっ。ここから離れるんだ!」
「ああ、先輩。どうしてアクセル先生が……!?」
「反応はあとだ!」
アベルに無視されても話は続く。
「魔道具デア・ヴェルト。それはルシフェルだけが持つことを許された世界を"創造する"道具だ。
他にも、およそこの道具を使って出来ないことはないと言っていい。
わかるかね。私はそれをもう受け取った。すなわち無敵になったのだ。
だが、無敵になりたかったのではない。私の目的は世界の終焉」
「なにっ!?」
アクセルの話など聞いてはならないのに、聞き捨てならないことが聞こえてしまったアベル。
一瞬、姫様を守らねばならないという思いが頭の中から抜け落ちたほどだった。
「正確には悪魔たちの終焉。すべての悪魔たちを倒す。彼らはこの世の"負の感情"の化身だからだ。
憎しみ、悲しみ……それらは不要の物だ。楽しみ、喜び、幸せ、愛……それらだけの世界を作る」
「違う。愛を得られないことが悲しみを生み、愛を失うことが憎しみを生む。
生まれた時には何も持っていない。俺たちもそして人間も、生きて何かを得たら、失うことを恐れる。
だから守ろうとするんだ。それが生きるということだ」
だから強くならねばならない。体も頭も鍛えて、大切なものは掴んだら決して離さない。
それが生きると言うことだ。それが二百年以上も生きた男のたどり着いた答えだったが、それが百年そこらの寿命しかない人間と同じになるかは、議論の余地のあるところだろう。
「全くその通りだよアベル。"楽しみがない"から退屈で、"愛がない"から寂しい、つまり孤独が生まれるのだ。
孤独の悪魔は滅ぼさねばならない。そうすれば孤独という概念がこの世から消える。
だが、魔道具デア・ヴェルトでも因果と時空を捻じ曲げることは出来なくてね。
ずっと研究しているのだが、まだたどり着けていないんだ。
神々のリンゴなら、あるいは……?」
「やりたきゃ勝手にやれ。幸せだけの世界に閉じこもっていろ!」
「神々のリンゴを探している。実験ではどうしても作ることが出来なかった。
いずれは人工的に作って見せるが。ここにも詳しい記述の本はなかった。
安心しろアベル。説明した通り、すべてはそこにある。
寂しいという概念もないのだから、お前の望むすべての人がそばにいてくれる……それが私の世界だ。
その過程で誰が何人死のうと関係はない。バージル君は死んだが、妹やお前の世界で生き続ける」
「前から聞いてみたかった。お前は、孤独の悪魔のことをどう思っているんだ?」
殺してもどうせまた会えるからいい。そんな狂った理屈で自身を肯定する男、アクセル。
それに対し純粋な疑問をぶつけたアベルは思わずこの緊迫した状況でさえ、あっけにとられて面食らうような答えを返された。
「愛していたよ。大好きだった、父さんのことはね。お前が会ったことないのは残念に思うよ」
「だ、誰のせいだと!」
「あの男は孤独をつかさどる存在。なんとしても殺さねばならない。
悪魔でさえなかったら。今でもそう思うよ。残念なことに我々は、母までもが魔と化してしまっただろう?
やはりどちらも滅ぼさねばならない。今回のことはちょうど良かった。
母が来たらこの程度の被害では済まないよ。私はもう用事はないからここを離れる。
また別の拠点で神々のリンゴの研究を進めるとしよう。ところで、お前は今死にたいか?」
アクセルはこう言っている。どのみち会えるのだから、今死のうが関係ないと。
わざわざ手を下させるな、愚弟と。
「死んでも嫌だね。お前の思い通りになんか絶対にならない」
「それはこの世界が、ということか、それともお前自身がか?」
「両方に決まってるだろバカ野郎。姫様。悪いが一人で逃げてくれ。
まっすぐ走るんだ、振り返らずに。こいつは俺が何とかする」
「えっ、でもそれは」
皇女殿下は十二歳当時でもすでに、アクセルが計り知れないほどの魔力を持ち、大してアベルはむしろ普段よりも魔力が少ない。
まるで瀕死状態に近いほど消耗しているということに気が付いていた。
さて、時間を少し進めよう。このあとアベルがアクセルになすすべなく敗北したことは既に紹介したとおりである。
さっきのバージルの二の轍を踏む形となってアベルはアクセルの手により、地面に突っ伏した。
自分では皇女殿下を守っているつもりでも、圧倒的な力を前にしてはなすすべもない。
後悔しようにも、何か打てる手はあったのだろうか。何を後悔していいのかも彼にはわからなかった。
「先生まで……こんなの嘘……!」
ようやく事態が飲み込めてきて、涙を流すという反応が皇女殿下には可能になったが、もちろん泣くと言う行為は本質的に誰かに助けを求める行為である。
そして助けてくれる人間が誰もいないことは火を見るよりも明らかなことであった。
「世の中は合理的になるべきだ。そうは思わないか?
いいかね二人とも。この世は何のためにあると思う?
それは"観測者"のためにある。つまり生きている者すべてのためのものだということだ」
などと、まるで慈愛に満ちた神様のような言動を見せるアクセル。
彼の言動はほぼすべてがブラフか嘘なのだが、こればかりは真実だったと言っていいだろう。
「この世の人間のほとんどは不幸だ。いや、仮にたった一人でも不幸なのだとしたら、それは不合理だ。
間違ったことは正さねばならない。そう、世界は最初から間違っている。
明けの明星が堕天してこの世界を作ったその時からね」
アクセルは怯える皇女のことは無視して、わずかに出血して倒れている弟の背中に追撃を食らわせた。
「なにっ?」
アクセルでも思わず面食らって一瞬固まったのだが、けた外れの威力を持つ"魔弾"で胸を背中側から貫いたはずが、心臓だけは無事だった。
「そうか。お前の心臓は私では傷つけられないということか……それは父のもののようだね」
無事なのは心臓だけで、肺も横隔膜も一切が破壊されている。
話すことはおろか、呼吸さえもままならないアベルに返答は不可能だった。アクセルは続ける。
「悲しいなぁ、寂しいなぁ、羨ましいなぁ。私を作ったときは、母はそれを使ってはくれなかったってことか。
まあいい。お前はまだ私では殺しきれないらしいが……いずれ必ずそれを返してもらう」
先生も計算してはいなかったことである。だが孤独の悪魔には、あるいはその可能性が見えていたのかもしれない。
彼は妻に自分の心臓を託した。決して死ぬことのない悪魔の体をもっていなくては不可能な芸当である。
その心臓を"核"として先生は失った三人の家族の面影を宿す第三の息子を作ったわけだが、彼の"核"はアクセルには絶対に破壊出来ない。
そしてこれも人間には決してマネできないことではあるのだが、アベルは核を破壊されない限り命を落とすことはない。
ただし、アクセルには核以外のすべてを破壊されたため、先生に助けられても以前の記憶は戻らなかったし、戻ることはない。
先生があえて記憶を、記憶の悪魔に頼んで戻させなかったのは言うまでもなく、彼を独占するためである。
さてアクセルが去ってまだ一分も経過していない頃、この帝都の宮殿の片隅に巨大な魔力を有した、第三の人ならざる魔術師が姿を現したことは言うまでもない。
その名は魔女イザベル。ただし本人は既に死んでいる。
魔女イザベルは自身を恐れた民衆の心が生み出した"魔女の悪魔"がアクセルに封印されてしまい、この世のどこかに自動的に封印されて眠っている。
彼女の姿を模倣し、記憶の悪魔の力を使って記憶まで移植した分身だ。
彼女は記憶を移植されたので性格も受け継いでおり、この帝都に殴り込みをかけてきた。
その理由はまず遺品が数多く収集されていること。そして己の実験されたデータが保管された魔導書庫を消し炭にしたいということ。
そして何より、大好きなアベルが五年もの間便りもよこさずに、それはそれは居心地良さそうに暮らしている場所を破壊したいがためだ。
そうすれば自分のところに戻ってくるだろう、との考えからだった。
彼女にとって唯一の家族で愛する人。それはお互いさまではあるが、こちらは性格が過激であるためとる手段も当然過激なものとなる。
アベルはアクセルに殺され、死亡。この時より魔女イザベルは名前を捨てた。
そしてアベルも"ただの小僧"となり、極力彼女から名前で呼ばれることはなくなり、また名を呼ぶことも、母と呼ぶことも禁じられるようになった。
少し長くなったので話を戻そう。だがその前に振り返りをしなければならないだろう。
港町アルメリアには、この作品に出てきた存命人物の大半が集結して戦い、そして彼らのうち、ビビ少年は爆弾男によって連れ去られた。
アクセルは敗走。残されたのは彼を裏切ったモードレッドという魔女。
そして彼女とは紆余曲折はありながらも、最終的には元のさやに戻る形で仲間になった皇女。
最後に、アクセルの手によって三十数年ぶりに復活することになった魔女の悪魔の三人をアベルが艦砲射撃から守れるかどうかという瀬戸際だった。
「見たな。では何をするべきかもうわかるな」
「まずはここを生き延びるしかないだろ!」
今、まさに数秒後には全員死んでいるかもしれない状況なのだ。
過去に何があったのか。あるいはアクセルはどんな目的で動いていて、止めねばならないのか。
そんなことを知ったところで関係はない。
と、気がつかないのは別にこの鉄火場でさえ死ぬことがないほど強靭な肉体を持っている魔女だからこそだった。
「おお、そうだったな。わたしたち悪魔は我々を全員滅殺するつもりでいるアクセルとは不倶戴天じゃ。
が、悪魔も一枚岩ではない。ルシフェルのように己の命をBETして殺されることを楽しみにしているものも居るようでな、
記憶の悪魔はこちら側じゃ。つまりお前の味方となる。すでにお前には以前の記憶が移植されているはずじゃ」
すると記憶の悪魔本人も、現状の宿主であるアベルの脳内にこうささやいた。
「そういうことだ。私たち悪魔は人の負の感情が存在理由であり、存在の根拠なのだ。
この世を幸せでいっぱいにしよう、などというのは面白いことを考えるものだが、キミに協力した方が多分よさそうだろうね」
「何でもいいから、ここを切り抜ける力をくれっ!
俺はもう守ることを失敗したくない。今度こそ姫様を守らなくては!」
「世界を幸せな夢でいっぱいにする」という風なことを言うラスボスに対し、主人公たちがそれを否定。
これを倒し、ハッピーエンド。かと思いきや、主人公たちが望んだ「ラスボスを倒して世界を救う」という幸せな未来を彼らはラスボスに見せられており、実はラスボスの計画はとうに完成していたのであった。
という風な結末のアニメを見たことがあって、それと同じような展開に本当はしたかったんですが、結末を完全にパクるのはさすがにダメだと思ったので、やめました。




