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以前、訪れた時は少し迷いながらもすんなり最上階に辿り着くことはできたが今回はそうもいかなかった。床が落とし穴になっていたり、部屋が迷路のような構造になっていたり、巨大な岩が転がってきたりと様々な仕掛けが施されていた。そんな険しい道のりを乗り越えて私は遂に最上階の扉の前に来ていた。これまでの扉とは違いゴージャスな扉で以前来た時とその豪華さは変わらない。この扉の向こうに魔女がいる。私はその扉に手を伸ばした。

「ギギギ」と鈍い音がして開いた。その先の光景に私は平常心で前を見た。

 王様の椅子に足を組み、センスで口元を隠す魔女の姿がそこにあった。そしてその横には両手を張り付けにされて縛られた状態の未来ちゃんがいた。意識はなく眠った状態である。無事とは言えないが、命に別状はなくホッとする。私は思わず未来ちゃんに向かって駆け寄る。

「未来ちゃん!」

「近づくでない。茅ヶ崎真白!」

 センスで差して穏婆は静止させた。思わず私は立ち止まってしまった。

「我を無視するとはいい度胸よの。お主の目は節穴か?」

「未来ちゃんを返して」

「ならぬ」

「何故」

「安全を約束したいのであれば大人しくせよ」

 私は何も言い返さず穏婆を睨めつける。

「この世界の鏡を通じてお主の行動を見させてもらった。非常に良かったぞ。敬意に値する活動であった」

 褒められているのだろうが私はちっとも嬉しくなかった。逆を言えば当たり前の行動をして褒められているような感覚に近い。それ以前に少し小馬鹿にされた気分である。

私の行動を全て見ていたのであれば話が早い。私はポケットから三つのクリスタルを取り出し、穏婆に見せつけた。

「これを見てください。当初、あなたが出した条件――それは三体のドッペルゲンガーを倒し、そして自身のドッペルゲンガーを倒したらこの世界から開放してくれると約束しました。そして今、ドッペルゲンガーを倒した証のクリスタル三つと私のドッペルゲンガーを倒した。条件を満たしたわ。だから今すぐ元の世界に返してください」

「確かに。我が出した条件としてはクリアしている。しかし、それはお主の力ではない。違うか?」

「た、確かにそうかもしれないけど、他人の力を借りたらいけないというのはルールに入っていない。問題はないはずだわ」

「うむ。確かにルールとしてはないから問題がないといえばない。うむ。いいだろう。元の世界に返してやろう。お主だけな」

「私だけ?」

「我が条件を出し、お主がその条件をクリアした。だからお主だけが元の世界に帰れる。何か問題でも?」

 確かに私はこんな世界なんて一秒でも早く抜け出したい。そして今ようやくその願いが叶い、長い悪夢が終わろうとしている。でも、ここに来て関わってきた人はそのままである。自分さえ良ければいいという考えにはどうしてもなれなかった。そんなことをしたら心がないドッペルゲンガーと何も変わらない。私はみんなと共にこの残酷な世界から開放したい。その気持ちは強いままだ。

「私はみんなと元の世界に帰りたい。自分だけがいいなんてそんなの間違っている」

 半泣き状態で言い切った。強く負けない思いで。

「自分だけ帰るか、みんなと共にここに残るか選ぶがよい」

「どっちも嫌です。私はみんなと一緒がいい」

「わがままは嫌いじゃ。選べないのであれば死ぬだけのこと。死を体験させてやろう」

 穏婆は指を鳴らして何かの合図をした。

 すると、床が揺れ始めた。まるで地震のように。気がついた時には何故か上空に立っていた。足は宙に浮いた状態である。

「え? いや、お、落ちる!」

 私は何かにしがみつこうとするも周りには掴めるようなものはない。転落死を頭に過ぎる。が、落ちる気配はなくその場に立っていた。

「安心せい。上を見てみろ」

 穏婆にそのように言われて上を見る。上空に何故か逆さまで城が浮かんでいた。これは一体……?

「空に浮いているようで不思議な感じじゃろ? これが本来の鏡の世界という訳じゃ」

 つまり、鏡ということで左右上下対照ということのようだ。地面が上で空が下で頭が混乱するような光景である。

「鏡とは不思議なモノじゃ。映ったモノは何を映すか。その人物ではない。その人物の心の叫びじゃ。自分ではなんともないと思っていても実際にその姿を見れば真実が分かる。鏡は嘘をつかない。ありのままの姿を映すという訳じゃな」

 穏婆は突如語りだした。何が言いたいの? と聞いてしまいそうになったが、すぐに穏婆は教えてくれる。

「今の人間は心に嘘をついて生きている。心に留めたままでずっとしまいこんで生きている。そんなの生きていないのと同じだ。鏡は真実しか語らない。真実こそが理想の生き方だ。我は真実という理想の世界を築き上げたい。その為には偽りの人間を殺して真実の人間と取り替えることが必要なのじゃ」

 穏婆は鏡の世界を築き上げる目的を語った。自分の行動こそが全て正しいと言わんばかりにそう言った。私はいてもたってもいられず言い返す。「そんなの間違っている」と。

「何?」

 穏婆は不服そうにこちらを睨んだ。

「そんなの真実じゃない。偽りよ。自分の在り方を知っているのは自分しかいない。自分じゃない誰かに操られるなんて真実でも何でもない。あなたは自分の意見が通らなければ泣き喚くただの可哀想な子供よ」

 言った後で凄いことを言っていると思い、思わず手で口を隠すが既に遅い。穏婆の反感を買ってしまった。

「茅ヶ崎真白。やはりお主とは意見が合わないというのはよくわかった。よってこの世界から二度と出られず一生牢獄で過ごすような人生を歩むとしよう」

「ひっ」と思わず私はびくつく。終わった。私の人生はここで終了? 

「素直に一人で帰ると言えば苦しまずに平穏な日々を約束されたはずなのに自らそれを無くす行為をするとは……全くもって理解に苦しむよ」

 穏婆は声のトーンから凄まじい怒りが出ているのがにじみ出ていた。完全に怒っていらっしゃる。

 私はこの後、どうなってしまうのだろうか。まるで想像が付かない。

「このゲームに終止符を。さらばだ。茅ヶ崎真白」

 穏婆はパンッと手を叩いた。次の瞬間、私は地面に向かって落下した。魔女の魔法が解けたかのように自由が利かずに落ちていく。頭から。

 風が気持ちいい。絶叫の中で私は思った。危機感よりも心地良さが勝っていた。心のどこかで諦めているのかも知れない。何度も死と隣り合わせの状況を経験してきた。この感覚はもう慣れた。死ぬのが怖くないと言えば嘘になるけど、私は充分に自分の使命は成し遂げた。悔いはない。これが私の人生だ。何も恐れることはない。


――あなたの使命はまだ果たされていませんよ?


 あれ? 今、何か聞こえた。気のせいなんかじゃない。私の心の中で直接語りかけてくる誰かがいる。これは初めて聞く声じゃない。鏡の世界に入る前から何度も私に語りかけてきた声である。清楚で優しくてまるで包み込まれるような温かい声である。ずっとその声に動かされてきたが悪い気はしない。

 周囲に花が咲いた。空中なのに。花はまるで私を包み込むように受け止めてくれた。これはもしや……。

「真白さーん! ご無事ですか?」

 地上にいるバージルは手を振ってくれる。私は助かったようだ。

 花の絨毯はゆっくりと地上に降下していく。

「バージル! 目が覚めたのね。やっぱり私の心の中に語りかけてきたのはあなただったのね?」

 そのように言いながら私は花の絨毯から飛び降りてバージルが受け止めてくれる。

「? はて、なんのことでしょう? 私はただ、脳内に強く『真白を助けて』というような叫びが伝わってきたので本能的にとった行動です。目が覚めたら真白さんが落ちてくるのですもの。助けることができて本当に良かったです。私に呼びかけてくれた人に感謝です」

 あれ? 語りかけてきた声はバージルではなかった? バージルは嘘を付いているようには見えない。だとしたら別の誰かが私を助けようとした? 一体誰が何のために私をここまで導いてくれたのだろうか。

 と、まぁそんなことはどうでもいい。私はまたこうして命を拾ったわけだ。ここからが私の正念場だ。

「バージル、聞いて。もうすぐこの場に鬼の形相で穏婆が来るの。だから一緒に戦ってほしいの」

「な、なんですと!」

 バージルは芸人並のオーバーリアクションを取った。真面目で紳士的なキャラが崩壊した瞬間でもあった。

「真白さん。魔女に何をしたのですか。あれほど魔女を怒らせないようにとお願いしたじゃないですか」

 気持ちが焦っているのか、バージルはいつにも増して早口である。

「大丈夫よ。またあなたが化物の姿で巨大化すれば怖いものなしよ」

「私が化物? 一体なんの話ですか」

 バージルは理解不能といった感じで首を傾げる。やはりあの時の姿の記憶はないのだろうか。知っているのは私と未来ちゃんだけ。

と、そこに穏婆は日傘をパラシュートのようにヒラヒラと舞い降りた。

 穏婆の登場に私たち二人は緊張する。悪魔が舞い降りたといった感じだ。

 激しいいがみ合いは続いた。先に動いたほうが負けるかのように下手に動くことができなかった。

「その目は自信に満ちているといったような目じゃ。どんなに負けようがいつか必ず勝てると信じているように」

 穏婆は微笑んだ。

「だとしたら私をどうしますか? 殺す?」

「もういい。辞めじゃ。我はもう疲れた」

 穏婆のその言葉に一気に警戒が解かれた。思わず聞き返そうとするくらいに。

「この世界の住民を元の世界に帰したいというのが主の願いじゃったな?」

「はい。そうです」

「なら、帰るがよい。ミラーゲートはここに置いておく。戦いは終わりじゃ」

 穏婆はそのように言ってミラーゲートを出現させた。

「え? でも、私だけ帰る訳には……」

 突然の戦い終了宣言に私は困惑した。何がどうなっているのか頭が追いついていない。

「安心せい。ミラーゲートは常備ここに置く。帰りたい者は帰ればいい。それだけの話じゃ」

「どうして急にそのようなことを言うんですか? あなたはこの世界を理想の世界にするのではないのですか?」

「気が変わった。お主のような心に偽りを持たない真っ直ぐな人間もいることを知れた。それだけで満足じゃ。それにこれからのお主に賭けてみたくなった。それだけじゃ。帰りたいのであれば今のうちじゃ、我の気が変わらないうちに」

 願ってもない話だった。これで元の世界に帰れる。

「やったね。バージル。これであなたもこの世界から帰れるのよ」

「ええ……」

 何故かバージルは浮かない顔をしている。

 未来ちゃんを連れてきて目を覚まさせる。すぐに帰れると報告すると嬉しそうにはしゃぐ。

 長かったこの戦いもフィナーレを迎えようとした。準備が整ったところでミラーゲートに多くの人が集まっていた。

「真白さん。大事な話があります」

 バージルは改まった感じで言う。

「どうしたの? 早く元の世界に帰ろうよ」

「そのことなのですが私……この世界に残ろうと思います」

「え?」

 意味が分からなかった。一体どういうことだというのだ。

「真白さんは最大の敵である自身のドッペルゲンガーを倒しました。それは自らの目的を果たしたということです。ですが、等の私は未だに倒していません。ここを出るのであれば奴を倒してからです」

「倒す必要ないじゃない。今、こうして帰れるチャンスが巡ってきたのよ? それにまたそんなのと戦ったら死ぬこともあるのにどうしてそんな自分の首を絞める行為をするのよ。生きて帰ることがあなたの目的なのではないの?」

「確かに真白さんの言う通りです。しかし、これはある意味チャンスでもあるのです」

「チャンス?」

「ええ。自分を超えなければ意味がないと真白さんを見て思いました。超えるためにはこの世界でしか超えることができない。なので、私はここで戦い続けます。それを成し遂げた時こそ元の世界に帰る資格を得たと言えるでしょう。だからここに残ります」

 バージルは真っ直ぐな目で言った。自信に溢れているように堂々としていた。

「なんで? 一緒に帰ろうよ。そんなの納得できない」

 私は必死になって説得する。ここにいるのは危険すぎる。意地でも一緒に帰りたかった。でもバージルは首を振って言う。

「私の決意は変わりません。ここに残ります」

「死にたいの?」

「逆です。生きて帰ります。ここで乗り越えなければ彼女に合わせる顔がありません」

「そっか」と、私はそっぽを向く。

「すいません。少し遅くなりますが、必ず帰ります」

「絶対だよ?」

「はい。約束します」

 バージルは鏡の世界に残るということで話はまとまった。私がいくら引き止めてもバージルの意見は変わらない。しかし、必ず帰ると約束した。それだけで充分である。

「お姉ちゃん。これで帰れるんだよね?」

 空気を読んで今まで黙っていた未来ちゃんは確認を取る。

「うん。この鏡を通れば帰れるよ」

「やった。じゃ、先に行くね」

 未来ちゃんは私を置いて先にミラーゲートに入っていった。

 その他にも多くの人がミラーゲートを通る。皆、希望を捨てていない人たちが長年の夢を叶えていく瞬間である。

 そして、私の番になる。

「真白さん。ジンダイさんはどうするか分かりませんが、必ずここを潜るように私から言っておきます」

「お願いね。ジンダイさんには色々お世話になったからありがとうって直接言いたかったけど未来ちゃんのことも心配だから先に行くね」

「はい」

 その後、少しの間があった。お互いに色々言いたいことはあるけど、言いだしたらキリがない。

「行くね」

「真白さん。一つだけよろしいですか?」

「ん? 何?」

「いつになるか分かりませんが、必ず会いに行くと彼女に伝えてくれませんか?」

 彼女――それはバージルにとってかけがえのない大切な人のこと。

「うん。分かった。必ず伝えるね」

「ありがとうございます」

「じゃ」

「はい。お元気で」

「あなたもね」

 私はミラーゲートに手を入れた。

 次の瞬間、視野が真っ白になった。私の意識がそこで途切れた。


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